スモールサンニュース山口恵里の”現場に行く!”

「第79回:三重化学工業株式会社(ゼミOSAKA見学会)」

皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。
今月の「現場に行く!」は、ゼミOSAKAで開催された三重県松阪市の三重化学工業株式会社の工場見学の模様をレポートします!

三重化学工業株式会社は、2022年3月号の本刊ニュース対談にもご登場いただいた企業です。当時は、コロナ禍のなかで始まった「ミエラボ」という取り組みを中心に、社外人材や副業・兼業人材を巻き込みながら、新しい商品開発や働き方に挑戦する中小企業の姿をお届けしました。

そこから数年が経ち、今回は実際に現地へ。
ゼミOSAKAの皆さんとともに松阪を訪れ、三重化学工業の山川大輔社長にご案内いただきながら、会社の歴史や事業内容、製造現場、そして現在のミエラボの取り組みについてお話を伺いました。
そうして見えてきたのは、変化を恐れず、外部の知恵や地域の人たちを巻き込みながら進化し続ける中小製造業の姿でした。



創業70年、松阪から“守るもの”をつくる三重化学工業


三重化学工業は昭和31年創業。今年でちょうど70周年を迎える老舗企業です。
同社の事業を一言で表すなら、「“守るため”のモノづくり」。

代表取締役社長 山川大輔氏:何のために三重化学があるのか。それは、“守るため”です。作業者の手を守る工業用の手袋、それから食品の鮮度を守る業務用保冷剤、そして人の命を守る医療用の罨法製品。この 3つが当社の核としてあって、これらで三重から“守るもの”をつくっていきたいと思っています。

ミエローブを代表とする作業用手袋は、防寒や耐油・耐切創など工場や作業現場で働く人の手を守るもの。保冷剤は、ケーキや惣菜など、私たちが普段何気なく持ち帰っている食品の鮮度を守るもの。特に「スノーパック」のパッケージは多くの人が見たことがあるのではないでしょうか?そして医療分野の商品は、医療やリハビリの現場で人の身体を冷やしたり温めたりすることで、患者さんを支えるものです。
日頃何気なく手にしている保冷剤や手袋。普段の生活の中で、その背景にある会社のことまで考える機会はあまりないかもしれません。しかし、その一つひとつの製品には、長年積み重ねてきた技術と、時代の変化に合わせて事業を変化させてきた中小企業の歩みがありました。


混ぜる技術で洗濯糊から硬くならない保冷枕、そして日本初の小型保冷剤へ


三重化学工業のものづくりの出発点は、現在の主力商品からは少し意外な「洗濯糊」でした。
今ではあまり使う機会が少なくなりましたが、昔は衣類をパリッと仕上げるために洗濯糊が広く使われていました。山川社長がスライドに映し出したのは、創業当時につくられていた白い液体の洗濯糊。そこから同社は、「混ぜる」という技術を応用し、硬くならない保冷枕へと展開していきます。


さらにその技術は、今では私たちの生活に欠かせなくなっている「小型保冷剤」へとつながっていきました。なんと三重化学工業は、小型の保冷剤を日本で初めてつくったメーカーなのだそうです!
今でこそ、ケーキ屋さんやデパ地下で商品を買うと、ごく当たり前のように保冷剤が入っています。しかし、かつては氷やドライアイスが主流で、小型の保冷剤というものはまだ一般的ではありませんでした。同社は、保冷枕で培った技術とその端材を活かし、小さな保冷剤を開発。テイクアウト文化の広がりとともに、その需要は少しずつ大きくなっていきました。
「すごくニッチな市場をやっている」と山川社長は言います。確かに、保冷剤だけで大きな売上をつくるメーカーは全国で10社もないくらいだと言います。けれども、ニッチだからこそ、そこには専門性があります。温度、持続時間、素材、袋の強度、用途に応じた形やサイズ。見た目にはシンプルな保冷剤も、実はお客様の使い方に合わせて細かく設計されているのです。

ただし、この事業も決して順風満帆だったわけではありません。
かつてドラッグストアなどの店頭向けに保冷枕を展開していた頃、某大手メーカーの商品との競争で「めちゃめちゃ負けた」と山川社長は振り返ります。「しかもこの業界って、夏場に一生懸命つくったやつが、シーズン過ぎると売れないからって返品されてくるんです。知名度で負ける中小企業にはかなり厳しい。」
そこで、保冷枕に関しては、培った技術やノウハウを活かしてOEMへと大きく舵を切ったのだそうです。現在、大手製薬メーカーやスポーツ用品メーカー、ファッションブランドなど、さまざまな企業の商品を三重化学工業が企画・製造しています。なかには、誰もが名前を知っているような有名企業の商品も。表に出るブランド名は別の会社であっても、その中身には三重化学工業の技術が使われている。そうしたOEMの取り組みは、同社にとって今も大切な収益の柱になっています。

雇用を守るための新規事業。冬場の作業用手袋、そして医療分野へ

同社の事業展開は、単に「新しい商品を作った」という話だけではありません。そこには、地方の中小製造業として、社員の雇用をどう守るか、会社をどう継続させていくかという切実な課題がありました。
テイクアウトが盛んな今でこそ冬場にも使用することはありますが、保冷剤といえば基本的には暑い時期に需要が高まる商品です。暑い季節には忙しくても、秋から冬にかけて仕事が減ってしまう。そうなると、夏の繁忙期に働いてくれた社員やパートさんに、冬になると辞めてもらわなければいけない。

そこで、雇用を安定させるための「冬にできる仕事」としてたどり着いたのが、作業用手袋。特に力を入れたのが、冬の現場で使われる暖かい生地やボアがついた防寒機能の高い手袋でした。
現在では、大手自動車メーカーをはじめとする工業系の現場で使われる耐油手袋や、刃物で手を切らないようにする耐切創手袋など、さまざまな作業用手袋を扱っています。今でも防寒手袋については、手袋業界の中でも高いシェアを持っているそうです。

さらに三重化学工業は、医療分野へも事業を広げていきました。
というのも、時代の変化とともに、作業用手袋の生産は中国へと移管することになったのです。手袋で冬場の仕事をつくっていたものの、国内で担う仕事がまた減ってしまう。そこで、年間を通じて取り組める新しい分野として、医療分野の商品開発に挑戦するようになったのです。
ここで活かされたのが、三重化学工業が長年培ってきた「冷やす」「温める」技術でした。

山川社長:保冷枕や保冷剤で培ったノウハウは、医療やリハビリの現場でも活用できます。しかし、市場が全く分からない。販売先もない。そこで、OEMの取り組みを始めた時と同じように、とにかく病院や整骨院に足を運び、「どんなアイシング剤が必要ですか」「どんな保温材だったら患者さんに使ってもらえますか」と、現場の声を聞いて回りました。

そうして様々な罨法製品が開発され、まだ他部門より売上げは少ないながらも、目立つ部門になってきているといいます。2017年には医療機器ブランド「メディアン」を立ち上げられました。
透析時の血管痛や化学療法における痛みの緩和などを目的に、透析現場の看護師の声から誕生した温熱パックの「バリアホット」。タオルウォーマーで温めるだけで使用でき、温めると身体に柔らかくフィットします。また、「ぷるCUREアイスパック」は、マシュマロのように柔らかい特殊なふわぷるゲルで、発熱時や乳腺炎、術後の患部、スポーツ後など、敏感な箇所や患部にやさしくフィットするのが特徴です。どれも、単に「冷やす」「温める」だけではなく、医療や介護の現場で実際に使う人の声をもとに、形状や柔らかさ、使いやすさまで考えられた製品です。

洗濯糊から始まり、保冷枕、小型保冷剤、工業用手袋、医療分野の商品へ。扱う商品は変わっても、その根底にあるのは、目の前の課題に向き合い、自社の技術をどう活かせるかを考え続ける姿勢。そしてその変化の中心には、いつも「人」がありました。



社員の幸せを起点に、人が活きる会社へ。ミエカガクの働き方と人づくり


三重化学工業は、創業者が立てた経営理念を現在も踏襲しています。しかし、山川社長が就任する際、一つだけ修正した部分があるのだそうです。

山川社長:昔はお客様の利益や満足というのが一番に来ていたんです。でも私が社長になる時に、「社員の幸せを高めていく」ということを一番に持ってきました。会社はお客様のためではなく、社員のためにある。それを、社長就任の時に皆さんの前で話しました。

世の中の多様化が進む中で、幸せの形も人それぞれ同じではありません。とにかく稼ぎたい人もいれば、休みが欲しい人、趣味が生きがいの人など、全てを100%満たすことは難しい。けれど、給与、休日、働き方など全部の水準を上げていくことで、80%満たすことはできると言います。実際に、給与面はもちろん、少なかった休日も毎年少しずつ増やしてきました。働き方についても非常に柔軟で、子育て中の時短勤務など、それぞれの事情に合わせた働き方を取り入れています。

山川社長:本来、製造業は朝から夕方まで時間が決まっている方が効率はいいと思います。でも、地方で人に働いてもらおうと思うと、それくらい柔軟な時間配分をしないとなかなか集まらないんです。

松阪市には大手企業もあり、優秀な若い人材は県庁や銀行、市役所、あるいは愛知県の大手企業へと流れやすい。山川社長も、かつては「会社の知名度が上がれば人が来てくれるのではないか」「規模が大きくなれば応募が増えるのではないか」と考え、メディア露出や地域向けの発信にも力を入れてきたそうです。しかし、それでも思うように人が来ない。


そこで、「自社に足りない人材を採用する」のではなく、「やりたいことに必要な知恵や経験を、外部の人に借りる」という発想から生まれたのが、2022年3月号のスモールサン・ニュースでも取り上げた共創の拠点づくり『ミエラボ』です。
ミエラボは、三重化学工業が社外の人たちと一緒に新しい商品や事業を考えるためにつくった共創の場です。社内だけでは足りない知識や経験を取り入れるために、大手企業で働く人材や専門家、学生、大学関係者など、さまざまな人がプロジェクトごとに関わっています。コロナ禍には、副業人材がオンラインで商品開発やマーケティングに参加し、社員と一緒に新しいアイデアを生み出してきました。
この取り組みは、単純な人手不足対策にとどまりません。ミエラボを通じて集まった多様な人材との協働は、「こんな考え方があるのか」「自分たちももっと挑戦してみよう」と社内で新たな視点や発想が生まれ、自分たちの仕事の進め方や考え方を見直す機会になっているのだと言います。

山川社長:これまでは、自分たち数人で商品を開発して、提案して、通るか通らないかというやり方でした。でも、そこに外部人材で第三者の意見が入ってくるんです。大手企業の方の市場調査やプレゼン資料を見ると、本当にレベルが高いんですよ。それを見て、社員たちもすごく刺激を受けたんです。研修に何回も行くより、一回そういう方々とセッションする方が大きいんじゃないかと思うくらい。ミエラボは人手不足をきっかけに始めた取り組みでしたが、結果的に社員が育ち、自分で考えて主体的に動ける人が増えてきたと感じています。

人手不足をきっかけに始まった取り組みが、新規事業の創出や商品開発、社員の成長、そして社外とのネットワークづくりへと広がっていく。ミエラボは、単なる外部人材活用の仕組みではなく、三重化学工業の未来をつくる共創の場として機能しているのだと感じました。

同社では、現在年齢も国籍もさまざまな人が働いています。最年長は75歳ほどで、午前中だけ働くベテランの方もいれば、高校卒業後に入社した若い社員もいます。さらに、中国、ベトナム、タイ、台湾など、海外出身の社員も加わっています。
山川社長は、ダイバーシティを早く進めたかったと言います。多様な人が関わることで、自由な発想や新しいアイデアが生まれやすくなる。だからこそ、年齢や国籍、働き方の違いを会社の力に変えようとしているのです。

視線を変えれば、視点が変わる。新社屋に込められた経営の仕掛け

さて、ここまで三重化学工業の取り組みを伺った後、山川社長に工場と新社屋を案内していただきました!

三重化学工業では、2022年に現在の本社を購入し、30年ほど経った建物をフルリノベーションしました。中に入ってまず驚いたのは、一般的な製造業の事務所とは少し違う、開放的で自由な雰囲気です。
天井は抜かれ、床も素材を活かした仕上げ。フリーアドレスの席に加えて、畳のコーナーやスタンディングで話せる場所、少しこもって考えられるスペースなど、場所ごとに雰囲気が変わるつくりになっていました。

山川社長がこの空間づくりで意識したのは、「視線を変えること」だそうです。
社員の皆さんは毎日同じ場所に座るのではなく、違う場所で仕事をします。今日は見える景色が違う。隣にいる人も違う。そうして物理的に視線を変えることで、考え方や会話にも変化が生まれるのではないか。そんな狙いが込められています。
実際、約20人が働く空間に対して席は80席ほどあるそうで、「結局いつも同じ場所に座ってしまう」ということが起きにくいように設計されています。



また、社屋の中には開発室もあり、保冷剤のサンプルづくりや検査などを行う様子も見せていただきました。通常、開発室というと奥まった場所にあるイメージですが、三重化学工業ではあえて人の動線上に配置されています。営業や事務の方、お客様が通りながら自然に開発の様子を目にできることで、ちょっとした会話やアイデアが生まれやすくなるのだそうです。

開発室では、色や形の違う保冷剤のサンプルも見せていただきました。保冷剤といえば青色のイメージが強いですが、企業カラーや商品のイメージに合わせて色を変えたり、用途に応じて形を変えたりすることもできるそうです。また、素材によって水分の抜けやすさや持ちの良さも違うとのことで、普段何気なく使っている保冷剤にも、細かな品質の違いや工夫があることを知ることができました。
さらに、保冷剤は冷やすだけでなく、お湯で温めて保温材として使えるものもあると聞き、参加者からは驚きの声も上がっていました。



新社屋は、ただおしゃれなオフィスというだけではありませんでした。
社員同士が自然に交わること。開発の現場が見えること。来客や外部人材とも一緒に考えられること。そして、工場ともオンラインでつながり、離れた場所にいてもリアルタイムで情報を共有できること。
ミエラボや柔軟な働き方と同じように、この新社屋にも「人がつながり、アイデアが生まれる」ための仕掛けが随所に込められていました。


質疑応答から見えた、地域と人材を巻き込む中小企業の可能性


新社屋や開発スペースを見学した後は、ゼミOSAKAのメンバーからも次々と質問が上がりました。

ミエラボについては、「外部人材を集める基準はあるのか」「プロジェクトありきで人を呼ぶのか、それとも外部から提案が来るのか」といった質問がありました。
山川社長によると、最初の頃は「海外展開をしたいから英語ができて人脈のある人」「この分野の商品開発をしたいから専門性のある人」というように、プロジェクトごとに必要な人材を探すことが多かったそうです。一方で、現在では外部からの商品開発の相談が、通常のコラボレーションとして広がるケースも増えているといいます。
ここから見えてきたキーワードは、やはり「共創」です。
社内に足りないものを補うためだけでなく、社内外の人が同じプロジェクトメンバーとして一緒に考える。その関わり方が、三重化学工業の商品づくりや社員の成長につながっていました。

また、地域貢献についても話が広がりました。
山川社長は、最初の5年は会社が生き残るために利益率を高めることに集中し、その後、共創の取り組みへ進んできたと振り返ります。そして今は、地域や社会にどう価値を返していくかを考える段階に入っていると話されました。
子どもたちにものづくりを体験してもらうこと、学校や大学で授業を行うこと、地域企業や行政と連携すること。会社が持つ技術や場、人とのつながりを地域に開いていくことが、三重化学工業らしい地域貢献なのだと感じました。

人材の話では、リファーラル採用にも触れられました。社員の友人や知人が入社につながることもあるそうで、ゼミメンバーからは「友達を呼ぶというのは、相当職場が好きでないとできないことですよね」という声も上がりました。
外部人材を巻き込むだけでなく、社員自身が人を呼びたくなる会社であること。それもまた、三重化学工業の大きな力なのかもしれません。

さらに話は、若い経営者や事業承継にも及びました。山川社長は、「会社を大きく変えるタイミングとして、社長交代はとても大きい」と話されます。そこから、伊勢神宮の式年遷宮にも通じる「常若」という言葉も出てきました。
古いものをただ残すのではなく、大切な技術や思いを次の世代へ受け継ぐために、新しく作り替えていく。三重化学工業の変化も、まさにその考え方と重なるように感じました。
洗濯糊から保冷剤へ、手袋へ、医療分野へ。そして、社内だけで完結する会社から、社外人材や地域、海外人材を巻き込む会社へ。

今回の工場見学では、三重化学工業の製品や製造現場だけでなく、変化し続ける中小企業のあり方を学ぶことができました。
現場を見て、経営者の言葉を聞き、参加者の問いかけからさらに話が深まっていく。ゼミOSAKAの工場見学は、まさにスモールサン・ゼミらしい「現場で学ぶ」機会となりました。


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