<
山口恵里の“現場に行く!”2026年7月号
「第80回:中東不安・AI革命と世界・日本の経済と市場(SSゼミKYOTOレポート)」
皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。
今月の「現場に行く!」は、6月16日に開催されたスモールサン・ゼミKYOTO第13期初回講義の模様をレポートします!
今回の講師は、国際金融市場や地政学リスクに詳しいリサーチアンドプライシングテクノロジー株式会社代表の倉都康行氏。折しも国内では日銀が政策金利を1%へ引き上げ、中東情勢をめぐっても停戦合意に関する報道が相次ぐなど、世界経済が大きく動くタイミングでの開催となりました。
講義で取り上げられたのは、中東情勢、AI、インフレ、金融市場など、いま経営者が押さえておきたい複数のリスクです。個々のニュースを追うだけでなく、それらがどのようにつながり、自社の仕入れや物流、価格、資金繰りに影響していくのか。そうして見えてきたのは、不確実な時代にこそ、経営者が自社の判断軸を持つことの大切さでした。
タイムリーな情勢を経営の視点で学ぶ、ゼミならではの講義の様子をレポートします。
いま起きていることを、経営の目線で学ぶ
2026年6月16日、スモールサン・ゼミKYOTO第13期の初回講義が開催されました。
講義冒頭、ゼミ長からは「今日一日だけでも、株価やホルムズ海峡など、いろいろなニュースがあった」として、それらを日々の行動や企業運営に役立てていきたいという言葉がありました。
この日の開催は、まさに情勢が大きく動くタイミングでした。
国内では、日本銀行が政策金利を0.75%程度から1.0%程度へ引き上げることを決定。政策金利が1%台に乗るのは約31年ぶりのことであり、「金利のある社会」へと移行した日本経済が、さらに新たな段階に入ったことを印象づける出来事でした。
また、開催前後には、トランプ大統領が停戦合意に関する発言を行ったとの報道が出て市場が反応。17日にはアメリカとイランが和平に向けた覚書に署名したとのニュースが報じられました。
こうした情勢の変化は、すでに多くの経営者が自社への影響として実感しているテーマでもあります。その背景には、原油価格の変動は燃料費や物流費に、円安は輸入価格に、金利上昇は資金繰りや設備投資に影響するという構造があります。世界のどこかで起きた出来事が、時間を置いて自社の仕入れ、販売価格、顧客の購買力、金融機関との関係にまでつながってくる。いま経営者に求められているのは、個々のニュースに一喜一憂することではなく、それらがどのように自社の経営環境へ波及していくのかを考える視点です。
おりしも、この日講師に招いていたのは、国際金融市場や地政学リスクに詳しいリサーチアンドプライシングテクノロジー株式会社代表の倉都康行氏。テーマは、中東情勢、AI、インフレ、金融市場など、いま世界経済を揺さぶる複数のリスクをどう捉えるかというものでした。
スモールサン・ゼミでは、決まったテーマを体系的に学ぶだけでなく、その時々に経営者が押さえておくべき情勢をタイムリーに取り上げることがあります。今回のゼミKYOTOも、中東情勢、AI、インフレ、金融政策という複雑なテーマを、経営者の目線で捉え直す機会となりました。
中東情勢、AI、インフレをつなげて見る
倉都氏が講義の冒頭で示したのは、世界経済の注目テーマが「関税」から、「地政学」「AI」「インフレ」へと移っているという見方でした。
この三つのテーマは、それぞれ別々のニュースとして報じられることが多いです。中東情勢は国際政治のニュースとして、AIは技術革新や業務効率化のニュースとして、インフレは物価や金利のニュースとして扱われます。しかし、倉都氏はこれらを個別に見るのではなく、互いに影響し合うものとして捉える必要があると強調しました。
たとえば、地政学リスクはエネルギー価格や物流コストに影響します。中東情勢が緊迫すれば、原油や石油製品の供給に不安が生じ、海運や保険、輸送ルートにも影響が及びます。それは結果として、燃料費や原材料費、物流費の上昇につながり、企業の仕入れ価格や販売価格にも関わってきます。地政学は、遠い地域の政治問題にとどまらず、インフレを押し上げる要因にもなるのです。
一方、AIもまたインフレと無関係ではありません。AIの進展は、企業にとって新たな成長機会であり、業務効率化や新サービスの創出につながる大きな可能性を持っています。しかしその裏側では、データセンターの建設、半導体需要の拡大、膨大な電力消費など、さまざまな資源需要を生み出しています。AI投資が拡大すれば、電力や設備、関連部材への需要が高まり、それがコスト上昇の一因にもなります。
さらに、インフレが進めば金利が上がりやすくなります。金利が上がれば、AI関連投資に必要な資金調達コストも高くなります。つまり、AIは経済成長への期待を高める一方で、インフレや金利を通じて金融市場にも影響を与え、その金融市場の変化が再びAI投資の環境を左右するという関係にあります。
倉都氏は、このように地政学、AI、インフレが三角形のように絡み合っていると説明しました。
新聞やテレビでは、日々さまざまなニュースが個別に流れていきます。しかし経営者にとって重要なのは、そのニュースがそれぞれどのように関わっているのか、そして自社を取り巻く市場や経営環境にどのようにつながるのかを考えることです。今回の講義は、個別の情勢を詳しく知ること以上に、複雑に絡み合う出来事をどう整理し、経営の視点で捉えるかを学ぶ時間となりました。
ニュースの先にある、仕入れ・物流・価格への影響
中東情勢をめぐっては、アメリカとイランの和平に向けた覚書署名のニュースを受け、金融市場ではひとまず安心感が広がりました。株式市場は終戦ムードを織り込み、原油価格も一時的に下落しました。しかし倉都氏は、そこで楽観しすぎることへの注意を促しました。
金融市場は、ニュースに素早く反応します。しかし、実体経済はそれほど単純には動きません。ホルムズ海峡の通航が再開されるとしても、船舶の運航、保険、港湾や海運の調整、石油関連施設の修復、各国の在庫補充など、実際にモノが流れ、価格に反映されるまでには時間がかかります。金融市場が見ている原油先物の価格と、企業活動に直接関わる石油製品の価格は分けて考える必要があると倉都氏は指摘しました。
新聞やニュースでは原油先物価格が取り上げられることが多く、そこだけを見ると「原油価格が下がったから安心だ」と受け止めてしまいがちですが、企業が実際に負担するのは、ガソリン、軽油、重油、ジェット燃料、石油由来の原材料などの価格です。原油先物が下がったとしても、すでに高値で仕入れられた在庫が使われている間は、石油製品の価格がすぐに下がるとは限りません。
この時間差は、中小企業にとって重要な意味を持ちます。原材料や燃料、物流費が高い状態で残れば、そのコストは仕入れ価格に反映されます。仕入れ価格が上がれば、企業は販売価格にどう転嫁するかを考えなければなりません。価格転嫁ができなければ利益が圧迫され、転嫁すれば顧客の購買力や受注への影響も考えなければならない。つまり、国際情勢の変化は、やがて現場の見積もりや価格交渉、資金繰りの判断にまでつながっていくのです。
質疑応答でも、参加者からエネルギー供給や物不足に関する質問が出されました。中小企業の経営者にとって、中東情勢は遠い国の出来事ではありません。特に石油製品や原材料、物流に関わる業種では、「本当に供給は戻るのか」「どのくらいの期間、影響が続くのか」「自社はどこまで備えるべきか」という問いが、現実的な経営課題になります。
倉都氏は、供給が正常化するまでには時間がかかる可能性を示しながら、川上から川下までモノが流れるには段階があると説明しました。原油が動き、精製され、製品となり、物流を経て、最終的に企業や消費者のもとに届く。そのどこかで目詰まりが起きれば、末端に届くまでの時間はさらに長くなります。だからこそ、表面的な価格の上下だけでなく、供給の流れ全体を見る必要があります。
今回の講義で印象的だったのは、国際情勢を予測すること以上に、その影響がどのような経路で自社に届くのかを考える視点でした。世界情勢が大きく動く時代には、経営判断の前提も変わります。だからこそ、遠くで起きているニュースを自社の現場に引き寄せて考えることが、これまで以上に重要になっているのだと感じました。
AI時代の期待と不安をどう捉えるか
今回の講義では、AIも重要なテーマとして取り上げられました。AIというと、業務効率化や省人化、新しいサービスづくりなど、企業がどう活用するかという実務的な関心が先に立ちます。実際、中小企業にとっても、AIをどう取り入れるかは避けて通れない課題になりつつあります。
しかし、倉都氏が示したのは、AIは一つの便利な技術であると同時に、世界経済や金融市場を大きく動かす存在にもなっているという視点です。
特にアメリカでは、巨大IT企業によるAI関連投資が急速に拡大しています。データセンターの建設、半導体の確保、クラウド基盤の強化、人材獲得など、AIをめぐる投資は非常に大きな規模になっています。こうした投資は、短期的にはアメリカ経済を押し上げる力になります。
一方で、期待が大きいからこそ、そこには不安も生まれます。AI関連企業の株価が大きく上昇すれば、それは成長への期待を反映したものとも言えますが、同時に「期待が先行しすぎていないか」という懸念も出てきます。巨額の投資に見合う収益が本当に得られるのか。投資が過熱し、株価が実態以上に膨らんでいないか。そうした問いが、金融市場ではすでに意識され始めているのだといいます。
AI関連投資が拡大するには、多額の資金が必要になります。その資金は株式市場や社債市場、ファンドなど、さまざまな金融の仕組みを通じて調達されます。投資が順調に進み、期待どおりの成長が続いている間は問題が見えにくくても、どこかで収益見通しが崩れたり、金利上昇によって資金調達コストが高まったりすれば、金融市場に不安が広がる可能性があります。倉都氏は、AIと金融が結びつくことで、これまでとは違う新しいリスクが生まれていると指摘しました。
中小企業にとって、AIはもちろん活用すべき技術です。人手不足への対応、事務作業の効率化、情報収集、企画や営業の支援など、実務に役立つ場面は今後さらに増えていくはずです。しかし、AIを「自社でどう使うか」という視点だけではなく、「AIによって経済全体がどう変わるのか」という視点も持つことで、これからの経営環境を読み解くための重要な切り口になります。
供給不足の時代に、自社の判断軸を持つ
講義の終盤で倉都氏が示したのは、日本経済が直面しつつある新しいリスクでした。それは、これまでのような「需要不足」ではなく、「供給不足」が経営の前提になっていくのではないかという視点です。
長く日本経済では、需要をどう増やすかが大きな課題とされてきました。個人消費をどう伸ばすか、企業の投資をどう促すか、景気をどう下支えするか。そうした問題意識のもとで、金融緩和や財政支出が繰り返されてきました。
しかし、これからの経営環境では、そもそも必要なものが十分に手に入らない、あるいは調達に時間とコストがかかるという供給側の制約が大きくなっていく可能性があります。石油製品、労働力、水、食料品、AI技術、リスクマネーなど、倉都氏はさまざまな不足の可能性を挙げながら、経営者がその変化を実感として捉える必要があると語りました。
供給不足は、単に「モノが足りない」という問題にとどまりません。原材料が足りなければ仕入れ価格は上がり、人手が足りなければ賃金や外注費が上がります。エネルギーの供給に不安があれば燃料費や物流費に影響し、AIを活用しようとしても技術や人材、投資資金が不足すれば、思うように進められないこともあります。必要なものを、必要な時に、これまで通りの価格で調達できるという前提が揺らぎ始めているのです。
この変化に対して、経営者が考えるべきことは一つではありません。重要なのは、目の前のニュースに反応するだけでなく、自社にとってどのリスクがどの経路で影響するのかを整理しておくことです。中東情勢はエネルギーや物流へ、AI投資は電力や金融市場へ、インフレは金利や仕入れ価格へ、そして供給不足は人材や原材料、資金調達へとつながっていきます。個々の出来事は別々に見えても、経営の現場では一つにつながって表れてくるのです。
スモールサン・ゼミでは、経営に関する知識を学ぶだけでなく、いま起きている出来事を自社の経営にどう結びつけるかを考える機会があります。情勢は日々変わります。だからこそ、特定の予測に頼るのではなく、複数の可能性を想定しながら、自社の判断軸を持つことが欠かせません。
今回のゼミKYOTOは、世界情勢を読み解く講義であると同時に、不確実な時代に経営者がどのような視点を持つべきかを考える時間となりました。遠くのニュースを、自社の明日の判断につなげる。その積み重ねこそが、変化の激しい時代を生き抜くための力になっていくのではないでしょうか。


