スモールサンニュース山口恵里の”現場に行く!”

「第78回:株式会社Tropical Ketchups」

皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。

2016年、岐阜県山県市の田中金属製作所を訪ねた私は、ウルトラファインバブルシャワーブームの火付け役であり、シャワーヘッド「ボリーナ」を武器に下請け町工場から自社ブランドメーカーへと大きく踏み出していく田中和広さんの姿を取材しました。
あれから10年。田中さんは、大手の参入にも負けず二度のV字回復を経てファインバブル事業を大きく伸ばし、そして会社の未来を託す一つの手段としてM&Aを選択しました。今回の取材では、この10年の歩みをあらためて伺いました。

見えてきたのは、M&Aには「成功」や「失敗」だけで語れない様々な側面があるということ。事業承継や成長戦略として有効な戦略である一方で、実際に経験してみて初めてわかる難しさもある――。現在は株式会社Tropical Ketchupsの代表として、キッチンカーをメインとした唐揚げ販売の『岐阜せんから』を展開し、第16回からあげグランプリでは東日本バラエティ賞金賞も受賞されている田中さん。今回はシャワーヘッドで起死回生を果たした時代を振り返りつつ、その先にあったM&Aの「光」と「影」を辿っていきます。



下請け町工場から、自社ブランドへ
〜田中さんが切り開いた“売るものづくり”〜


田中さんの家業は、水栓バルブなどの真鍮部品を手がける町工場でした。岐阜県山県市という、水栓バルブの地場産業が根付く土地で育ち、家業を引き継いでからは設備投資を進めながら、より上位の取引先との直接取引を目指していきました。
そうした中で強くなっていったのが、下請けのままではなく、自分たちで価値を決められる商品を持ちたいという思いでした。節水器具の市場を知った時、もっと良いものを、もっと適正な価格で届けられるのではないか――。そんな発想から、自社商品の開発に踏み出していきました。最初のきっかけは節水用のアダプターで、そこから東急ハンズとの接点が生まれ、やがて節水シャワーヘッド、さらにファインバブルのシャワーヘッドへと発展していきます。

ただ、商品は作っただけでは売れません。店頭に置けば売れるほど甘くはなく、良いものを作っても、それを伝えなければお客さんには届かない。節水シャワーヘッドは当初東急ハンズに置いてもほとんど売れなかったと言います。田中さんは節水への意識が強い業種であるホテルへの営業を細々と続けながら、その後ご縁があったテレビショッピングでブレイクしたことでようやく売れるようになりました。

実演販売とメディア戦略で二度のV字回復
〜ファインバブル事業を伸ばした力〜

そのブレイクぶりは凄まじく、1日で1万5000本が売れた日もあったと言います。しかし、そんな追い風も長くは続きませんでした。なんとベンダーが節水シャワーヘッドとは無関係な商品でリコール騒ぎを起こしてしまったのです。結果、そこを通していた販売先には商品を出せなくなり、予定していたテレビショッピングの契約も白紙に。更には、当時長く取引していた水栓メーカーの廃業まで重なり、会社は債務超過を抱えていつ倒れてもおかしくない状態まで追い込まれてしまいました。

そんな中で起死回生をかけ新たに開発したのが、ウルトラファインバブルのシャワーヘッドだったのです。しかし、当時はまだ「シャワーヘッドに1万円近く払う」という感覚が一般的ではなく、商品を持ち込んでも店側にはなかなか相手にしてもらえませんでした。そこで田中さんが選んだのが、自ら売り場に立つことでした。東急ハンズの店頭で実演販売を行い、自分で商品の良さを直接伝える。そこから少しずつ販売実績が積み上がり、やがてメディアにもつながっていきます。『ガイアの夜明け』で取り上げられたことが大きなきっかけとなり、債務超過を脱して見事V字回復を遂げたのです。

しかし、ウルトラファインバブルのシャワーヘッドが一躍ブームとなったことで、今度は美容シャワーヘッドに大手が続々と参入してくることとなりました。資本力の強い競合の台頭によって再び業績が急速に落ち込んでいきました。
しかし、そこでも田中さんはメディア戦略に活路を見いだしました。田中さんは自身の販売スタイルを「アーティスト理論」と表現します。路上ミュージシャンが自分の歌を自分で届けるように、経営者も自分の商品を自分で語り、自分で広げていかなければならないと言います。そうした積み重ねがやがて大阪の『ほんわかテレビ』や『モーニングショー』へとつながり、二度目のV字回復を果たしていきます。この田中さんの“売るものづくり”の姿勢こそが、自分の足で市場を切り開き、ファインバブル事業を大きく伸ばした原動力なのだと思います。

成長の先で、なぜM&Aを選んだのか
〜事業承継と次のステージへの期待〜

山口 ファインバブル事業が伸びていった一方で、その先の会社の形というのもその頃から考え始めていたんですか。

田中 そうですね。一度目のV字回復の後、一気に会社が伸びた時に思ったんですけど、会社って一気に伸びると多分「成長」じゃないんですね。「膨張」になってくるんです。お客さんも増えるし、売上も上がるし、周りもわっと来る。でも、その分だけ組織強化とか社員教育とか、仕組みづくりが追いついていかない。だからその頃は、社内を整えなきゃいけないとか、次の世代にどうつないでいくかとか、そういうことをかなり考えていました。その時はIPOの話も来ていたんですが、年間3,000万ぐらいコストがかかると聞いて、それなら社員の給与を増やした方がいいと思ってお断りしました。また、ホールディングスを作ったこともあったんですけど、社員の理解をあまり得られなくて、結局は数カ月で解散して元の形に戻しました。M&Aの話も来ていましたが、そうこうしている内に二度目の業績の悪化でサーっと消えていきましたね。

山口 その後また二度目のV字回復を果たされるわけですが、そうした流れの中で、改めてM&Aが現実的な選択肢になっていったと。

田中 事業承継って中小企業の大きな課題ですよね。うちは娘が三人で、それぞれ別のことをやっていましたから、このまま自分の代で終わらせるのか、それともどこかに託して続けていくのかを考えないといけなかった。「会社は経営者の器以上には大きくならない」という言葉もあるじゃないですか。実際、社員との考え方の差もあったし、僕が一人で先頭を走り続けることに対する迷いもありました。そういう意味では、会社の未来を考えた時に、M&Aは十分ありだと思いました。大きな会社の資本力や内部統制といった組織力を借りて、会社を次のステージへ持っていけるんじゃないかという期待があったんです。

売却後に見えた現実
〜「続投」の難しさと、分割新設が突きつけたもの〜

山口 M&Aを選んだ時点では、会社を次のステージへ進めたいという前向きな期待があったわけですが、実際にやってみていかがでしたか?

田中 強く感じたのは、やはり「売った時点で自分の会社ではない」ということですよね。そこは頭では分かっていたつもりなんですけど、現実になると全然違う。僕は社長を続投する前提で話が進んでいましたし、向こうからも「やってくれるのが条件です」と言われていました。だからそのままバリバリやるつもりだったんですが、例え代表であっても実際は自分の思うようにできるわけではありません。

山口 以前の講演で、「続投という言葉に騙されてはいけない」とおっしゃっていましたね。

田中 僕は三年はやってくれと言われていたけど、結果的には二年半で終わりました。勿論それは仕方ないことです。売った以上もう僕の会社ではないんだから、そこは割り切らなきゃいけない。でも、経営者ってやっぱり仕事がしたいんですよ。自分で作って、自分で広げてきたわけですから。M&A後もアパホテルに全室導入してもらえたことや、社員の努力もあって過去最高の経常利益を出すことができました。ただ、それもやり過ぎたのかなと今になると思います。以前ある社長さんに聞いたことがあるんですが、雇われ社長として長く残るなら、赤字にせず、かといって黒字にもしすぎないことが一番だって言ってましたね。

山口 結局当初の3年を待たずに退任の話をされたと。

田中 最初に退任してほしいという話を受けたんですが、その後で今度はシャワー部門と部品加工の受注部門を分けたいと言われたんです。で、僕にはその受注部門をやってほしいと。シャワー部門は収益性が高かったですが、受注部門はそこまでではありませんでしたから、要は分割新設して「いいとこどり」をしたいという話ですよね。というのも、私が M&A した時の社長はその時点で既に退任されていて、別の方が社長をされていたんです。前社長からは「申し訳ない」という言葉をたくさんもらいました。
受注部門には当時12人の社員がいて、それまで賞与も出ていたわけです。でも分割新設してこの部門だけ別会社になったら賞与だって出なくなる。僕は創業者利益をいただいているから、極端に言えば辞めても食べていけます。でも社員は違う。彼らは巻き添えを食ったようなもので、だからこれはM&Aをした僕の責任だなと思いました。会社を残すための手段としてM&Aを選んだはずなのに、結果として社員全員が同じ未来を共有することはできなくなってしまった。この現実は重かったですね。個人としてM&Aが成功しても、会社の歴史や社員みんなの流れまで、そのまま残るとは限らない。そこは本当に覚悟しておかないといけないと思いました。

山口 それで、その受注部門を引き受けたんですね。

田中 はい。ただ、実際には受注部門もそれほど収益性が悪い事業ではないんですよ。新設後も経常利益5%くらいは出し続けていましたから。それで現在は弟に社長を引き継いで、僕は今年1月に会長も退任しています。

それでもM&Aに意味はあった
〜「何を守るか」を決めて臨むために〜

山口 ここまでリアルなM&Aの現実を聞かせていただきましたが、田中さん自身はM&Aそのものを否定しているわけではないんですよね。

田中 勿論です。実際、ちゃんと創業者利益が確保できたことは大きかったと思います。今思うと安売りし過ぎたかなという感覚はありますけど、それでも会社の価値をきちんと認めてもらえたという意味では良かったと思っています。そして、経営者として次の挑戦ができる土台になりました。食べていくだけなら食べていけるけど、やっぱり経営者マインドって捨てられないんですよ。「何かやりたい」という気持ちがある。僕は見切り発車で唐揚げ事業を始めましたが、M&Aをすることで次に何をするかをゆっくり考えることができると思います。僕自身としてはM&Aは成功したと思っています。

山口 想定とは違う部分もあった一方で、ちゃんと成果もあったということですね。

田中 そうですね。むしろ中小企業がなくしてはいけない技術や事業を残していくためには、大事な手段だと思います。でも、その時に自分の思いまで全部残ると思ったら、それは違うよということですね。

山口 会社や技術を残す手段としては有効だけれど、創業者が抱いていた理想や空気感まで、そのまま引き継がれるとは限らない。

田中 そうです。だからこそ、やる前に何を守りたいのかをはっきりさせておかないといけないんです。事業を残したいのか、社員の雇用を守りたいのか、自分は売却後も残ってやりたいのか、それとも創業者利益を確保して次に行きたいのか。そこが曖昧なまま入ると、あとで苦しくなると思います。M&Aは目的じゃなくて手段ですから、まず自分が何のためにやるのか、そこを決めることが大事なんだと思います。

山口 講演でも、「条件交渉が大事」と何度もおっしゃっていましたね。

田中 そこは本当に最後の最後までやらないといけないと思います。売ると決めた以上、後はいかに会社の価値をちゃんと見てもらって、きちんと対価をもらうかですから。続投するなら、どこまでの権限があるのか、途中で退任となった時はどうなるのか、そこまで含めて考える必要があると思います。言葉ではいくらでもいいことを言えますからね。
特に創業経営者は、自分でやってきた人ですから、残った後もしっかりやりたくなるんですよ。でも、売った時点でもう自分の会社ではない。そこを受け入れられるかどうかは大きいです。だから僕は、残るなら心と体を分ける覚悟が要ると思ってますし、それができないなら、きっぱり辞めるという選択もあると思います。

M&Aのその先へ
〜ゼロから挑む、唐揚げ事業という新たな現場〜


山口 先ほど次の挑戦という言葉が出ましたが、現在はこれまでと打って変わって唐揚げ事業を展開されているんですよね。

田中 はい。今はキッチンカーをメインに『岐阜せんから』という唐揚げ屋さんをやっています。実際にやってみると、これがまた大変で。僕は二代目だったから、もともと会社には機械も人も資産もあったんです。でも今回は飲食ということで、ゼロからイチをつくる大変さをひしひしと感じています。

山口 どういう経緯で始められたんですか。

田中 元々は浅草で唐揚げ屋さんをやっている若い人を少し支援してあげてくれないかという話があって、最初は出資する形で関わっていたんですが、結局は自分でもやる形になりました。自分で言うのもなんですけど、これ本当に美味しいんですよ。というのも、唐揚げグランプリで最高金賞を2年連続、金賞を5回受賞した「ケンティのからあげ」のたれを使い、さらに浅草の素焼き煎餅をヒントにお煎餅を衣にして揚げたのが「せんから」という唐揚げなんです。お煎餅を細かく割って、それをコーティングして揚げてますから、冷めてもサクサクでとにかく美味しい。僕はそこに地元の岐阜県山県市で無農薬で育てられたブランド鶏「清流美どり」を使用して唐揚げにしています。

山口 なるほど、それで「岐阜せんから」なんですね!今はキッチンカーでの販売が中心なんですか?

田中 岐阜市に店舗もオープンしましたが、収益性でいうとキッチンカーがメインですね。また、僕はやっぱり製造業の人間ですから、単に店売りをするだけでなく、卸販売にも力を入れたいと思っています。苦心して完成させたんですけど、これ揚げてから特殊な方法で急速冷凍することで、湯煎するだけでサクサクジューシーにできるんですよ。「【湯煎でからあげ串】清流美どりからあげ串」として岐阜県山県市のふるさと納税返礼品に採用されています。また、名古屋で開催されるハワイフェスティバル(5月)手羽先サミット(6月)にも出店予定です。良かったらぜひ食べに来てください。

山口 ぜひ行きたいです!今の事業にも、田中さんらしい「作る」「売る」「広げる」という発想がそのまま生きている感じがしますね。

田中 結局、唐揚げも競合が多いじゃないですか。その中でどうやって自分たちの商品を選んでもらうかを考えないといけない。そこはシャワーヘッドの時と同じです。早すぎてもダメだし、遅すぎてもダメ。だから、変わったことをやるのは好きなんですよ。冷やし唐揚げ串とか、そういうのも考えています。

山口 これからの展開も楽しみにしています。本日はありがとうございました!


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