スモールサンニュース山口恵里の”現場に行く!”

「第77回:三星刃物株式会社」

皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。

今月の別刊ニュースでは、2016年5月号以来10年分ぶりに岐阜県関市にある三星刃物株式会社を訪ね、ゼミNAGOYA/GIFU合同メンバーである有限会社梅村工務店の梅村 裕子さん、アーボ株式会社の杉村 和敬さんと一緒に工場見学を体験してきました!

三星刃物は、明治6年創業、刀鍛冶の流れをくむ老舗刃物メーカーです。長年OEM生産を手がけてきた一方で、自社ブランド「和 NAGOMI」を育て、近年は工場見学や体験を通じて、包丁の魅力だけでなく関という“刃物のまち”の価値そのものを伝えようとしています。

今回の取材では、三星刃物の歩みや「和 NAGOMI」誕生の背景に加え、工場見学を通して見えてきたものづくりの現場、そして渡邉隆久社長が今描いている地域への広がりと未来についてもお話を伺いました。
一本の包丁の背景にある歴史や手仕事、そして関の未来への思いまでレポートします!



【会社概要】
会社名    三星刃物株式会社
所在地    〒501-3217 岐阜県関市下有知5178番地
代表者    取締役社長 渡邉 隆久
創業年月    明治6年5月
従業員    35名
企業オフィシャルサイト
「和 NAGOMI」ブランドページ


関はなぜ刃物の町なのか


渡邉:関が「刃物の町」ということは、皆さんご存知なんですけども、どうして刃物の町かというと文献も少なく、意外と知られていません。

一般には良質な水や炭、周辺の自然環境などが理由として挙げられますが、そうした地域は日本中どこにでもあると渡邉さんは言います。では、なぜ関だったのか。渡邉さんが強調したのは、関という土地の持つ地理と歴史的な背景でした。

渡邉:関というのは、関東と関西の真ん中の関所です。戦国の世を終わらせるためには、京に上って天皇陛下から勅令をいただいて全国を治められる。つまりここは戦さの通り道だったわけです。『美濃を制すものは世も制す』とも言われた程で、そこで武器としての刀の需要が高かった。関に刀を伝えたのは元重公という人物で、鎌倉時代に九州から来たと言われています。なんで九州からわざわざここまで来るのかというと、ここに来れば飯が食える。大きな需要があるんだから、侍からも取り立ててもらえるわけです。

関はものづくりに適した土地だったというだけでなく、戦の時代に刀が強く求められる場所だったからこそ、全国から技術を持った人物が集まり、一大産地として発展していったのです。

渡邉:刀というのは分業じゃないと作れません。刀匠や研ぎ師、鞘師など色々な人が集まって、この地で分業で刀を作るようになったと言われています。その分業制を近代的な形に変えながら現在まで受け継がれているのが、今のこの関です。関では今も分業制で、これから見ていただく私どもの工場は最後の工程になりまして、その前の工程までは分業制でやっています。

現在の包丁づくりもまた、関の分業の中で成り立っていると渡邉さん。三星刃物の製品も、焼き入れや冷却、研削、ハンドル加工などを地域の外注先と連携しながら進めていくそうです。焼き入れ後は歪みを取り、さらにマイナス90度以下で冷却すると再び歪みが出るため、一本ずつ職人が確認しながら修正していきます。一部にロボットも導入されていますが、最後は刃付けも磨きも人の手で行われており、最終的には三星刃物の工場で職人が一本ずつ手で仕上げていきます。現代のものづくりの中にも、関ならではの分業と手仕事が息づいているのです。

創業153年、刀鍛冶の流れをくむ刃物メーカー『三星刃物』

渡邉:三星刃物は明治6年、1873年の創業で、今年153年。私が5代目になります。創業者は曽祖父の渡邉善吉氏で、もともとは「渡邉善吉商店」として始まりました。祖父、そして父の代を経て現在の「三星刃物」という社名になりました。これは渡邉家の家紋に由来しています。お皿の上にお団子が3つ乗ったような渡邉紋というものなんですけども、これは別名三星紋と言いまして、そこから取ったのが現在の社名です。

さらに家系を遡ると、三星刃物のルーツは刀鍛冶に行き着くといいます。

渡邉:曽祖父の代は鍛冶屋で作った打ち物、例えばハサミだとか糸通しといったものを販売していたようです。その後、祖父の代にはアジアを中心に販路を広げ、父の代では戦後の高度成長期を背景に、いち早くアメリカ向けのOEM生産へと事業を広げていきました。OEMはお客様から注文いただいた数量を作れば在庫を持たなくていいし、自社での販売もしなくていいため、ビジネスモデルとしては理想的でした。
ただ、その一方で競争が激しくなるほど利益は削られていきます。1985年のプラザ合意をきっかけに中国に生産拠点をつくり、20年ほど製造を続けてきたものの、現地メーカーの力がついてくるにつれて状況は厳しくなっていきました。

粗利が少なくなり、競争が激しくなるとともに注文も減っていく。なんと、ある日には取引先の上位3社の注文が一気になくなったと言います。

OEMメインの会社が、自社ブランド「和 NAGOMI」を生むまで

そんな中で、自社ブランドづくりのきっかけになったのは、意外にも奥様の一言でした。

渡邉:家内はパン教室を開いているのですが、ある日生徒さんから「いい包丁が欲しい」と言われたんだそうです。ところが、OEM生産がメインの当社には、そういう時にお勧めできる自社ブランドの包丁がない。それを「150年以上続く老舗企業なのに、なんで自社ブランドがないの?」と聞かれたんです。それで「じゃあ作ろう!」と決めたんです。

ここで意外だったのは、渡邉さん自身がその時「『いい包丁とは何か』が分からなかったんです」と話したこと。

渡邉:OEMをやっていると、その定義がないんですよ。お客さんからスペックをもらって、その通りに作る。その中でコストを安くできればそれだけ利益になる。それがOEMビジネスです。だから、いざ「いいもの」を作ろうとしても、まず「いいもの」の定義が分からないんです。それで関の刃付けで有名な私の師匠の工房に毎日通いました。そこには師匠に刃付けをしてもらうために関の有名な包丁が集まってくるので、「それを見て、自分で刃をつけて、感じろ」ということです。そうした中で出会ったのが、440Aモリブデン鋼という鋼材です。近年は切れ味を重視する硬度の高い鋼材が主流ですが、440Aは錆に強いだけでなく、粘りのある特性を持っています。この鋼材を一枚刃として砥ぎ出し、巧みな焼き入れと刃付けを行うことで、鋭い切れ味でありながら、しなやかな刃身を作り上げることができました。
また、刃だけでなく、ハンドルにもこだわりました。手に馴染むように緩やかな丸みを帯びた持ち手は、刃身とハンドル、リベットの境目が分からないほど滑らかになるよう自社工場で一つひとつ手作業で仕上げています。耐水性の高いスペイン製の強化合板を使うことで、防水の塗装を施さず、木目が美しい仕上がりになっています。その他にも刃との重量バランスなど、関の職人さんたちの叡智を集めて完成したのが「和 NAGOMI」の包丁です。
食というのは人と人をつなぐコミュニケーションです。家族での団らんの食事や友達との食事など、コミュニケーションが弾む中で「和み」が生まれる。この包丁で料理することによって、もっと楽しいコミュニケーションが、和みが生まれるようにという想いから「和 NAGOMI」と命名しました。



こうして、いよいよ形になった「いい包丁」。しかしここからがまた大変だったと、渡邉さんは振り返ります。

渡邉:OEMしか作ってこなかった工場で、高品質な自社ブランド包丁を作れというのは、軽自動車の量産品を作っている工場で急にBMWのプレミアムシリーズを作れと言ってるのと同じなんですよ。実際、出来上がった製品を私が1本ずつ検品すると、95%がやり直しになる。当然現場からの反発も凄くて、「俺たちは美術工芸品作ってるんじゃない」「こんなんで飯が食えるわけない」「社長、検品に何分かけてるんですか?」と凄い剣幕で怒られる。それでも一歩も妥協せず、「社長があんだけやるんなら仕方ないか…」と何とか納得してもらって出来上がりました。
ところが、今度は中々売れないわけです。OEMをやってたんで売り方を知らないんですよ。それで夫婦で百貨店の売り場に立って販売しましたが、1日せいぜい5本、10本売れたら大成功。売れないから、当然社内の反発もより強くなる。そんな中でも諦めず、海外の展示会にも積極的に参加しました。そこで転機になったのが、フランクフルトの展示会でした。ドイツ人からこの包丁の品質はBMWだ!でもBMWはドイツの企業がつくるもので、「日本企業は日本らしい包丁を作れ」と言われショックを受け、隣のブースのフランス人に相談したところ、「今フランスでは日本人のシェフが活躍してて、フランス人のシェフはすごく尊敬してるよ。彼が使ってくれたら面白いかもしれないね」と言って、フランス・リヨンの日本人シェフ、新居 剛氏の本を見せてくれたんです。
勿論彼とは何のコネも繋がりもありませんでしたが、とにかく藁にもすがる気持ちで「一度使ってみてもらえませんか?」と彼のお店にメールを送ったんです。すると、使ってみてもいいと返事が来たんです。「ただし僕はプロだから厳しいよ」と。それで本当に包丁を送ってみたところ、「日本の包丁としての凛とした佇まいがあって、僕は好きだ。応援するから頑張れ」と評価してくださって、何と新居さんと仲間のシェフが「和 NAGOMI」を使っている写真を無償で送ってくれたんです。

社内の反発にも妥協せず、覚悟と信念を持って挑んだものづくりが功を奏した瞬間です。この出来事が大きな自信になり、「この人が認めてくれたんだから、きっと売れる」と販売にもより力が入る。すると少しずつ売れるようになり、次第にテレビや雑誌にも取り上げられるようになりました。こうしてブランドが成長していくことで、最も変わったのは社員の意識だったと言います。

渡邉:社長がいくらブランドの重要性だとかお客様を大事にとか言っても響かないでしょ。でも、お客様からお礼の手紙や電話をいただいたり、自分が使ってみて良かったから大切な人への贈り物にしたいといった注文が入るようになったんです。そうした声に触れると、もう手は抜けなくなる。若い子からどんどん変わっていきましたね。ブランドって何かと言うと、やっぱり自分が本当に愛して、そして「ありがとう」と言ってもらえるのがブランドなんだと私は思います。


工程を知ると、一本の包丁の見え方が変わる

ここでいよいよ工場見学へ。広報の佐藤さんから、まずは展示された工程サンプルの説明を聞きます。
プレスで型を抜く、焼き入れをする、先に向かって薄く加工する、ロゴを入れる、ハンドル材を組み合わせる、研磨をかけて仕上げていく等。実際にはもっと多く細かい工程が、
関市内の様々な企業との連携で進められています。一本の包丁が地域の分業の中で作られていることがよく分かりました。

特に印象的なのは、ハンドル部分の仕上げです。完成品からは想像できないほど、最初はピンが大きく出っ張った状態になっていて、そこから少しずつ削って滑らかにしていきます。佐藤さんによると、磨きの工程は職人がやるところだけでも6工程。職人一人当たり大体1日20本できるかどうかと言います。美しい持ち手の裏に、これだけ細かな手仕事が積み重なっているのかと驚かされました。



工場内では、ロボットを使った工程も見せていただきましたが、そこでも人の手は欠かせません。「機械を購入しただけでは動かせなくて。職人の動きを真似させるような設定をして、なんとか使えるようになっています」と佐藤さん。ハンドルを組み合わせた後、まずは人の手でピンの部分を削り、その後ロボットがサンドペーパーに当てて全体を整え、さらにその後の仕上げは再び人の手に委ねられます。



仕上げの磨きも、工程ごとに分かれての流れ作業ではなく、一人が最初から最後まで担当しているそう。何故かというと、それが職人のモチベショーンになるから。「流れ作業にした方が生産性は上がるかもしれませんが、やっていて楽しくないじゃないですか。最後まで一人が責任を持って仕上げる方がやる気も出るし成長できます。現場からの意見で採用されました」と佐藤さん。

さらに刃付けの工程では、「和 NAGOMI」ならではの工夫も教えていただきました。持続性を高めるため、先端を二段に分けて刃付けしているのだそう。最後は牛革でバリを取り、一本一本切れ味を確認して仕上げていくそうです。実際に、バリが残った状態のものと仕上がったものを比べさせていただくと、その差は一目瞭然でした。見た目にはほとんどわからないのに、切れ味はまるで別物です。



そして今回の見学では、一般向けの通常プランにはまだ入っていない研ぎ体験も、特別に体験させていただきました。渡邉さんに指導していただきながら、まだ刃付けをされていない小さな刃を自分で研いだのですが、これがなかなか難しい!直前に職人による刃付け工程を見たこともあり、あの切れ味鋭い包丁はまさに職人の技術で出来ているのだと体感できました。出来上がったものは、何と名入りのペーパーナイフに! 研ぎ前は全然切れなかった紙がスパッと切れて感動しました。この研ぎ体験もゆくゆくはプランに入れたいと渡邉さん。ぜひ多くの人に体験して欲しいなと思いました!



こうして、一本の包丁が完成するまでの工程を追っていくと、多くの手間と判断の積み重ねの上に成り立っていることがよく分かります。工場見学を終える頃には、「和 NAGOMI」の見え方だけでなく、関の刃物づくりそのものの見え方も、少し変わっていました。


「関の刃物」に、もう一度価値をつくりたい


そしてここからは、三星刃物一社の話ではなく、もっと大きな視点で「関の刃物」のこれからを見据えた取り組みについてお話いただきました。今、渡邉さんは「関の刃物」をもう一度地域のブランドとして育て直すための働きかけを始めているといいます。この工場見学を始めたこともその一環。その背景にあるのは、人口減少の進行と地域の衰退に対する危機感です。

渡邉:これを今やらなかったら地域は衰退し、最後に残るのは大手の強烈なブランドだけです。しかし、彼ら大手はどこでもモノが作れる。別に関でなくても、日本でなくたっていい。でも我々は違います。地域全体としての力が弱まれば、この土地ならではの刃物産業の土台そのものが揺らいでしまう。世界的に有名な刃物産地であるドイツのゾーリンゲンにはヘンケルという強いブランドがあるが、彼らはベトナムでも生産しています。イギリスのシェフィールドでは、刃物産業そのものが厳しくなる中で、高級品や医療用などに特化した企業が生き残りました。じゃあ我々、関はどうするのか?私は「刃物の街」として残るべきだと思っています。なぜなら、関には「刀鍛冶から紡いだ街」という歴史があるからです。

“歴史”は、単なる昔話ではありません。他の地域にはない価値であり、世界に向けて発信できる資産であり、武器になるものです。しかし、同時に渡邉さんは既存の地域ブランドへの違和感を語ります。

渡邉:関にはすでに「関の刃物」というロゴもあり、地域ブランドとしての取り組みはありました。でも誰もそのロゴを使っていないんです。何故かというと、価値がないから。色んな企業にロゴを使ってもらうために基準を下げた結果、自分のブランドを持ってる老舗は地域のロゴを使う意味がないんです。それでロゴ自体の価値が下がり、誰も使わなくなってしまっている。現に「和 NAGOMI」も使っていません。
ただ組合が何となく地域ブランドを作って、「皆さん使いましょうね」とやったところで訴求力もないし告知にもなりません。必要なのは、歴史認識も含めて「関の刃物」とは何か?から始めて、自分たちの真の強みとは何か、今やらなければならないことは何かを勉強し直すこと。そして何より、それを「勉強して終わり」にしない実行力です。
そこで今電通名鉄さんや名鉄観光さんも巻き込んで、「実行」を念頭においた地域ブランドの再構築をしようと取り組んでいます。今はまだ刃物組合を何とか口説いて今度説明会をやらせてもらうという段階ですが、その後は全6回の勉強会、その先には夜間鍛錬イベントの開催や東京のポップアップショップなどを実現していきたいと思っています。

三星刃物の工場見学もまた、その取り組みの第一歩だと言います。関の包丁を知ってもらうことはもちろん、関という土地そのものに関心を持ってもらう入口をつくること。また、自分が先行事例として動くことで、他の企業が真似して始めやすくなればと語りました。

若い社員が動かした、三星刃物のDXと組織改革


こうした地域や未来を見据えた取り組みに挑戦できている背景には、社内で若い社員たちが育ち、現場を動かし始めていることが大きいと言います。実際、10年前に三星刃物さんを取材させていただいた時とは、社内の風景も雰囲気も大きく変わり、若い職人さんが生き生きと働いている様子が伝わってきました。これには「和 NAGOMI」がブランドとして成長したこともあると言います。

渡邉:「『ものづくりがしたい』という若い人が入ってくるようになりました。インスタを見て入ってきた人もいます。彼らが自分たち主導でDXや効率化を積極的に進めてくれています。例えば、工場見学で話があったと思いますが、現場ではあえて分業制にしない。一人の職人が1本の包丁を作ることでモチベーションを保てるし、何か問題があった時には自分でどこが悪かったのか分かる。そういう育て方をしないと職人は育たないって職人頭に怒られたんですよ(笑)。でもそうすると固定費は上がるし、職人が育つまで売り上げも落ちるのを覚悟しなきゃいけない。それで、若い社員たちが中心になってどうしたら効率を上げられるかを本気で考え始めたんです。
まず彼らはデータを集め出すんですよ。工程ごとに職人一人ごとの仕上げの秒数まで計算するんです。コストをかけないようGoogleのアンケート機能を使って、誰がどの工程に何秒かかったか、品質のランクはどうか、不良率はどうか、さらに不良がどの工程で出ているのかまで分析しました。それで一番効率の良かった人のやり方を全員でシェアし、逆に効率が落ちている部分も理由を一つずつ探っていく。すると「ここの工程で不良率が高いのは、どうやた彼の目が悪いからだ。じゃあ、彼は別の工程をやってもらおう」となる。

こうした地道な分析の積み重ねが、現場を変えていったのだといいます。ある程度現場の理解が進むと、本格的なソフトやタブレットも導入されました。変化は工場の中だけにとどまらず、営業と工場が連携し、販売計画に合わせて生産を考える体制ができてきたそうです。

渡邉:年間計画を立てて、そのためには月ごとに何をやっていくのか。営業担当が「ここでこういうプロモーションを打ちたいから工場に相談しよう」とか、「ここで新製品を入れた方がいいよね」といった計画が自主的に動いていくわけです。今は元々大手でバイヤーをしていた人が、自分でブランドを作りたいと言ってうちに入ってくれて、予算設定や在庫管理、人事評価なんかも整い始めています。そんな最中私がポッと出て「新しくこれやりたいんだけど」とか言うと、年間計画に入っていません、みんな忙しいのです!社長の思いつきはやめてください。と皆からブーイングを食らうわけです(笑)。じゃあ、わかったと。俺は組合とか関の刃物ブランドのことをやるから、お前たちは会社で利益出してくれと話しています。

現場改善から営業連携、組織づくりまで、若い社員たちが中心となって会社を動かし始めている。だからこそ渡邉さん自身も、会社の外へと視野を広げ、地域に向けた新しい挑戦に力を注げるようになっているのだと感じました。

体験を入口に、関の刃物と地域の未来をひらく!

今回の工場見学では、三星刃物一社の取り組みだけではなく、関という地域全体の未来についても聞くことができたのが印象的でした。

渡邉:うちでもこれだけできるんだから、他の企業さんもできるよというシグナルになればと思っています。皆がそれぞれ工夫すれば、もっと面白いことができる。ここに来てもらう理由になるのは、やはりここにしかないものがあること。関市には「刀鍛冶から続く刃物の街」というここにしかない歴史あります。

現代の包丁づくりも、その根っこには刀鍛冶の歴史がある。その物語ごと伝えていくことが、地域の価値を高めることにつながるのだという考えが、一貫していました。渡邉さんが見据えているのは、自社だけがブランドや工場見学で人を呼ぶことではなく、地域の企業がそれぞれの強みを生かして人を迎え入れる流れをつくること。その先に、関という地域全体のにぎわいや、刃物の町としての新しい魅力が生まれてくるのだと思います。動き始めた三星刃物と地域の未来への取り組みを、引き続き楽しみにしています。ありがとうございました!



この記事は公開記事です。会員登録いただくことですべての記事をご覧いただけます。

入会案内

ページの先頭へ