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山口恵里の“現場に行く!”2026年3月号
「第76回:ゼミKYOTOレポート 〜“がんばらない効率化”が会社を変える〜」
皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。
今月の「山口恵里の“現場に行く!”」は、ゼミKYOTOの模様をレポートします。
今回ご登壇いただいたのは、千葉県を拠点に“食の一気通貫モデル”を築き上げてきた株式会社諏訪商店 代表取締役の諏訪寿一氏。
千葉県産の食材にこだわった直営店舗「房の駅」を16店舗展開し、自社農場での生産、味噌や佃煮などの製造、県内外への卸売、通販、さらには牛乳配達網を活用したラストワンマイル配送まで――農業から製造、卸、小売、配送までを自社でつなぐ独自の経営を実践されています。
戦略的なM&Aによって事業を拡大しながらも、その根底にあるのは「頑張る」のではなく「仕組みで回す」という思想。
今回のテーマは、著書のタイトルでもある『がんばらない効率化』です。
皿洗いの実験から始まった90分の講義は、経営の“思い込み”を静かに、しかし確実に揺さぶる時間となりました。
千葉の“食”をつなぐ経営者──諏訪寿一氏の原点
諏訪さんが家業である諏訪商店に入社したのは1996年。大学卒業後は大手食品卸会社に勤務し、現場で流通の仕組みを学びました。学生時代から勉強を続けていた中小企業診断士の資格を取得し、結婚を機に帰郷。当時の諏訪商店は、観光土産品の卸売が主力事業で、製造機能も一部ありましたが、ビジネスの軸足はあくまで“卸”にありました。
入社当時、会社は決して順風満帆ではありませんでした。既存の卸売事業は頭打ちの傾向が見えはじめ、新たに始めた小売事業もうまく軌道に乗っているとは言えない状況。そんな中で迎えたのが、東京湾アクアラインの開通でした。観光需要が一気に高まり、売上は急伸。いわば“神風”が吹いた瞬間です。
しかし、その追い風は永遠には続きませんでした。翌年以降、売上は再び減少へと転じます。
「神風は永遠には吹かない」
この経験が、諏訪さんの経営観を大きく形づくりました。環境に左右されるのではなく、自ら構造を変えなければならない。卸売だけでは限界がある。何か新しい柱をつくらなければならない──。そうした危機感が、次の一手へとつながっていきます。
そして2002年に立ち上げたのが、千葉県産の食材にこだわった直営店舗「房の駅」です。特徴的だったのは、観光客をメインターゲットにしなかったこと。あくまで主役は地元のお客さま。地元の方が日常的に利用する店を目指すことで、結果として観光客も「地元に愛される店」を求めて集まる──そんな戦略でした。
また、諏訪さんは早い段階で、卸と小売では“DNAが違う”と気づきます。卸の論理だけでは小売は回らない。そこで、小売経験のある弟を呼び戻し、店長として現場を任せました。組織に異なるDNAを取り入れたことは、その後の展開に大きな影響を与えます。
こうして房の駅は1店舗、2店舗と拡大。現在では16店舗を展開するまでに成長しました。地元密着型の店舗運営を徹底しながら、千葉の名産品を磨き上げ、自社農場や製造部門との連携も強化。単なる小売ではなく、地域資源を活かす拠点として進化していきます。
M&Aで広げた“食の一気通貫モデル”
房の駅の展開と並行して、諏訪さんが次に打った一手がM&Aでした。
最初のM&Aは2009年。得意先でもあったナカダイという卸売会社から「会社を引き継いでほしい」という話が持ち込まれたことがきっかけです。ナカダイは千葉県外の量販店や質販店に商品を卸しており、諏訪商店とは商圏が重なっていませんでした。
当時、諏訪商店の卸売は県内中心。ナカダイを取得することで、県外への販路を一気に広げることができる。しかも、生協など品質基準の高い取引先が多く、結果的にグループ全体の商品力の底上げにもつながりました。
次に大きな転機となったのが、2016年の小川屋味噌店のM&Aです。
諏訪さんは当時、小売と卸だけでなく、より強い“メーカー機能”を持たなければならないと考えていました。ちょうど自社農場の法人化も進んでおり、「農業―製造―販売」を自社内で完結できる体制を構想していた矢先に、小川屋味噌店の話が舞い込みます。
実際に現地を訪れて驚いたのは、欲しかった機能がすべて揃っていたことでした。味噌の醸造設備だけでなく、野菜の加工室、発酵室、パッキング設備。これがあれば、味噌に限らず佃煮や漬物、瓶詰、甘酒など、さまざまな加工食品に展開できる。まさに製造のハブとなる拠点です。
小川屋味噌店は、自社農場とも、房の駅とも、卸売部門ともつながる存在となりました。単体の工場取得ではなく、グループ全体の構造を強くするM&Aだったのです。
その後も、佃煮メーカーの統合、ピーナッツ菓子の自社工場設立と、メーカー機能を着実に強化。現在ではグループで扱う商品の約2割を自社製造できる体制を整えています。
さらに一昨年には、牛乳配達網を活用した卸売会社、アーネスト・エフツーをM&Aしました。
牛乳配達と聞くと縮小市場のように思えますが、実際には全国で約300万世帯が利用しているとも言われます。15世帯に1世帯が牛乳配達を取っている計算です。諏訪さんは、この“ラストワンマイル”の配送機能に可能性を見出しました。
牛乳配達店が既存顧客にチラシを配布し、注文を取りまとめる仕組みは、在庫リスクが少なく、販促コストも抑えられるビジネスモデルです。自社商品を直接エンドユーザーへ届ける新たなチャネルとして、戦略的に位置づけられました。
こうして農業、製造、卸、小売、通販、そして配送までが一本につながっていきます。
諏訪さんのM&Aは、単なる規模拡大ではありません。隣接異業種をつなぎ、シナジーを最大化する構造づくり。事業を広げながら、千葉の“おいしい”をつなぎ続ける経営。
その背景には常に「どうすればもっと効率よく、無理なく回る仕組みにできるか」という問いがありました。「もっと頑張る」ではなく、「頑張らなくても回る仕組みづくり」へ。それが今回の講演テーマでもある「がんばらない効率化」でした。
| 諏訪さんへのインタビュー記事はこちらからお読みいただけます。 |
ゼミKYOTOで語られた「がんばらない効率化」
講演は、こんな問いから始まりました。
「皿を10枚洗うとき、皆さんどうやっていますか?」
A:全部を洗剤で洗ってから、まとめてすすぐ。
B:1枚ずつ洗剤で洗い、その都度すすぐ。
多くの人は感覚的に「まとめてやった方が効率が良い」と思いがちです。
しかし、実験結果はB。1枚ずつ完結させる方が約20%速いというのです。会場からは「え、なんで?」という声が自然と漏れました。
効率が落ちる原因は“まとめる”ことによって発生する余計な動作にあるのだと諏訪さんは言います。取って、置いて、また取る。この“中間の動き”こそが無駄なのだと。
そこで、参加者全員で1円玉を使った実験も行われました。10枚をためて処理する方法と、1枚ずつ完結させる方法。実際に計測してみると、多くの参加者が「ためない」方が速くなることを体感しました。これまで130人以上に検証してきたデータでも、約9割が生産性向上を確認しているそうです。
キーワードは、「ためない」「まとめない」。
効率化というと、コスト削減や人員削減を連想しがちです。しかし諏訪さんの話は違います。現場を疲弊させず、無理をさせず、それでも生産性を上げる。そのための“仕組み”の話なのです。
日々の作業や仕事、ある程度「たまって」から「まとめて」やるという人は多いでしょう。しかし、「ためない」「まとめない」を実践することで、生産性は2割近くも変わるのだと諏訪さんは言います。
「『ためる』やり方で仕事をしている会社さんは多いです。社長がためるなと言っていても、現場に行けば行くほどしています。この2割の違いが会社の中で起きてると思うとゾッとしませんか」
この視点こそが、今回のゼミの核心でした。
生産性を2割変える「5つの型」
「ためない」「まとめない」。この二つのキーワードを軸に、その後も1円玉を使った実験を交えて講演は進みます。
紹介されたのは、生産性向上のための「5つの型」。
① 一人分業からの一気通貫法
皿洗いの例がこれです。
一つの仕事を「まとめて処理する」のではなく、1件ずつ完結させる。途中で置かない。取ったら最後までやる。この“取って置く”という動作が減るだけで、生産性は2割近く変わる。
② 複数人分業からの一気通貫法
続いて紹介されたのは、郵便物の開封実験。
一人が封筒を切り、もう一人が中身を取り出す。いかにも効率が良さそうな分業ですが、実際は一人で「切る→出す」を完結させた方が速い。実験では36%もの差が出たそうです。
さらに、バケツリレーの例。人が増えれば増えるほど、中継の回数が増え、かえって遅くなる。町内会の櫓づくりや、物流現場の積み込み作業にも同じ構造が潜んでいると指摘します。
「協力=効率アップ」と思い込んでいないか。ちょっとドキリとする指摘でした。
③ 大から小に変換法
「ためる」ことが起きるのは、そもそも「ためられる環境」があるから。
そのため諏訪商店グループでは、あえて作業台を小さくしています。大きなパレットや大型カゴ台車をやめ、小さな単位に切り替えることで、余白が減り、通路が生まれ、無駄な載せ替え作業も減ったといいます。米袋も30キロではなく10キロに。重さを小さくすることで、より多くの人が作業できるようになり、結果的に生産性が上がりました。
「うちは『大は小を兼ねる』ではなく『小は大を兼ねる』と言っています」
④ 時間ピボット法
なんと諏訪商店グループでは、10社の経理をほぼ一人で回しているのだそうです。それを可能にしているのも、「ためない」「まとめない」仕事の仕方。
通常は1社ずつ完結させてから次へ進む。しかしそれでは“待ち時間”が発生し、仕事がたまっていく。そこで9時〜10時はA社、10時〜11時はB社、11時〜12時は…と、これを毎日繰り返す。毎日少しずつ完結させることで、仕事をためない。
製造現場でも同じ。大量ロットを生産し、在庫をためて出荷するのではなく、小ロットで生産機会を増やす。そうすることで繁忙期でもギリギリまで注文を受け付けることができ、欠品リスクが減るのだと言います。
⑤ ボトルネック解消法
最も遅い工程以上に、生産量は増えない。にもかかわらず、その手前で仕事をためるから無駄が増えて生産性が悪くなる。「だから、うちではボトルネック以上に速くやってはいけないことになってるんです。ボトルネックのところに人を厚くしていくけど、機械だともうどうしようもないじゃないですか。だから、この一番遅い機械に合わせて仕事をする。登山でも遅い人を隊列の先頭に置くでしょう」と諏訪さん。
DXの3つの型と、その先にある“がんばらない経営”
生産性向上の「5つの型」に続いて説明されたのが、DXへの取り組みにおける「3つの型」。
まず一つ目は「つなげる」。分業は非効率を生むこともありますが、情報の世界では“適切につなぐ”ことで生産性は飛躍的に向上します。採用管理、労務管理、勤怠管理、給与計算、銀行振込、会計処理――これらが分断されていれば、同じデータを何度も入力し直すことになります。しかしAPIなどを活用して接続すれば、データは自動で流れていく。
二つ目は、データ分析とAI活用。需要予測、テキストマイニング、売上構造の分析など、日々の意思決定にデータを活かす取り組みを進めています。
三つ目は、「一瞬で仕事を片づける」。社内にある繰り返し業務やExcel作業を洗い出し、プログラムやツールを活用して短時間で終わらせる。半日かかっていた業務が数分で終わる例もあるといいます。
こうして講演は続き、最後は質疑応答へ。「社員とパートの役割分担はどう考えるべきか」「フルスクラッチで組んだシステムをどう改善するか」「M&A後のチェック体制はどこまでやるのか」などなど、参加者から次々と具体的な質問が飛びました。諏訪さんは一つひとつに丁寧に答え、中には自社で実際に使っているデータを見せてくださるシーンも。
その回答は様々ながら、軸となる考えは一貫しています。規模や業種によっても自社への取り入れ方は変わってきますが、大事なのはただ頑張るのではなく、まず構造を見直すこと。分業を当たり前にしていないか。まとめることを前提にしていないか。ボトルネックを無視していないか。人の努力に頼りすぎていないか。
講演の中で、諏訪さんはこうも語りました。「7割の人は納得してくれます。でも、2〜3割は元に戻ります。」だからこそ、作業台を小さくしたように環境や仕組みを変える。そうすることで生まれる「がんばらない効率化」は、従業員の働きやすさ、仕事のしやすさにも関わってきます。固定観念にとらわれない「問う力」の大切さもまた改めて感じました。


