スモールサンニュース大澤徳の“現場レポート”

スモールサンの学びを活かした新規事業への挑戦

埼玉県吉川市で、道路、橋梁、ダム、河川等社会資本整備に関する調査設計を提供している株式会社ホウユウ。“建設コンサルタント業”として社会インフラの調査設計をメイン事業に、現在はインドやベトナム、カンボジアといった海外の案件にも積極的に携わっています。

埼玉中小企業家同友会の代表理事もされている代表取締役の太田久年さんは「スモールサンと同友会は車の両輪」と語り、スモールサン・ゼミSAITAMAの発足から現在まで運営に携わるなど、その事業展開と成長にスモールサンでの学びを活かしてきたといいます。

そこで今回は、「スモールサンの学びを活かした新規事業への挑戦」について太田氏にお話を伺いました。
中小企業が海外展開に挑戦するというお話を様々な場面で伺う事が増えましたが、なぜ太田さんが海外に挑戦されるようになったのか、また現在どのような挑戦をされているのか、みなさまに共有させていただきたいと思います。


社名:株式会社 ホウユウ
創立:平成2年5月
代表取締役:太田 久年(おおた ひさとし)
従業員数:15名
所在地:埼玉県吉川市
業種:建設コンサルタント
業務内容
・道路、橋梁、ダム、河川等社会資本整備に関する調査設計
・震災復興支援業務(岩手県・宮城県・福島県)
・ODA海外プロジェクト支援業務(インド ベトナム カンボジアetc)


お仕事のご紹介 ~建設コンサル業とは~


大澤 まずは御社の会社概要について教えてください。

太田 当社は“建設コンサルタント業”といって、土木に関する調査や設計の仕事をしていまして、分類としてはサービス業です。だから自分で穴を掘ったり、建物を建てたりということはしていません。道路、橋梁、ダム、河川などの社会資本に関する調査設計が主な事業で、仕事自体はほとんどデスクワークです。東日本大震災の復興支援をきっかけに、東北方面の仕事も増えています。最近は海外展開もしており、インドやベトナム、カンボジアの仕事をしています。

大澤 なるほど、社会インフラを計画・調査・設計業務の側面からプロデュースする仕事ですね。

スモールサンに入会したきっかけ

大澤 太田さんはゼミSAITAMAの立ち上げにおいてゼミ長としてご参加くださるなど、様々な面でスモールサンにご協力いただいていますが、そもそもスモールサンに入会したきっかけは何だったのでしょうか?

太田 私がスモールサンに入会したのは2009年でした。前年のリーマンショックの直後は大変厳しいもので、2期連続赤字という状態にまでなって、「このままだと経営が立ちゆかない。従業員を他の会社に紹介したりしないといけないかも……」と本気で考えていた頃もありました。そんな時に私が実行委員長を務めていた中小企業家同友会の全県経営研究集会で山口義行教授の基調講演があったんです。それが初めての山口先生との対面だったのですが、講演を聴いたときに「すごい先生がいるな」と。辛口だけど非常に感銘を受けたのを覚えています。

大澤 それでスモールサンに入会してくださったんですね。

太田 ただ、その後しばらくはゼミには入っていませんでした。そしてそのまま数年が経って、2011年3月に東日本大震災が起きました。その翌日、山口先生からスモールサン会員に対してお見舞いメールが来たんです。それから1週間ほど経つと、今度は「政府要望書として出すから、皆困っていることを教えてください。意見を挙げてほしい」というメールが来ました。更に「5月に緊急集会を立教大学でやるから来ないか」というメールがきて、私はすぐに埼玉のメンバーに声をかけて30人ぐらいで参加しました。それが第1回の日曜大学(※現全国研修会)です。

大澤 私は当時まだ学生でしたが、震災の時は本当に大変だったと聞いています。

太田 日曜大学に行ってみると、立教大学の講堂に全国からスモールサン会員が300人ぐらい集まっていました。そして山口先生が「ゼミOSAKAの方はどの辺?」といった風に講堂の中で呼びかけると、ゼミの人たちが「うわーっ」と立ち上がるんですよ。その時に、ゼミって何だろうと思ったんです。「ああいう風にうちらも呼ばれたいな」って。それで、当時は埼玉にはゼミが無かったので、「埼玉でもゼミがやりたいです」ということを先生に言ったら「応援するよ」と。そして2013年にスモールサン・ゼミSAITAMAを立ち上げることができました。

大澤 ゼミSAITAMAの立ち上げの際には非常にお世話になりました。ありがとうございます。

スモールサンで得た沢山のキーワード
 ~「時代の変化にどうやって対応するか」~


大澤 実際にゼミSAITAMAを立ち上げられて、いかがでしたか?

太田 その第1回の勉強会の講師が、「女性の自立と活躍を助ける」として、『MTサロン』(※ドクターズコスメMTメタトロン化粧品と超音波洗浄による“肌力再生”サロン)を全国に展開している株式会社onde代表取締役の松波正晃氏だったのですが、そのご縁で妻がMTサロンを立ち上げました。

大澤 第1回にして早速「つなぐ力」ですね!

太田 勿論それだけでなく、多くの学びも得ることができました。「隣接異業種」、「5%の新規性」、「『発展』とは何か?」、「『地域の壁』を乗り越えるための海外展開」、「専門家と連携して取り組む」ということなど、とても新鮮に感じました。スモールサンでの学びは、「時代の変化にどうやって対応するか」という部分がとても強い様に感じます。

大澤 確かに、スモールサンでは中小企業が生き残っていくための「実践的な学び」が学びの重要なテーマの一つです。

太田 山口先生に経済を5〜6年も教えてもらって、経済動向にも詳しくなったと思います。ただ、“読む力”は前に比べて身についたけど、「具体的に何をやったらいいんだろう?」とその「何か」を探してる状態が続いていました。ゼミSAITAMAを始めた頃からのメンバーには、建築板金業で「銅板加工技術を活かしたランプシェード」を開発した人がいたりと、色々な取り組みが出てきている一方で「自分は何をやったらいいんだろう?」と悩んでいました。

大澤 以前に『山口恵里の“現場に行く!”2018年10月号』で取材させていただいた有限会社髙中板金工業の髙橋正哲さんですね。昨年の10周年記念イベントでの第1回スモールサン・アワードでも受賞されるなど注目されています。

太田 正直なところ、設計の仕事は発注者の需要量に依存するので、自分が主体となって何ができるのかをはっきりと掴むことができませんでした。このままでは地域に埋没してしまう。地域に元気を与える会社になるためには、地域の外にでて循環を創り出したいと考えていました。

海外への挑戦 ~インドの可能性~

大澤 海外への挑戦がはじまったのはその頃ですか?

太田 はい。今でこそ海外進出する中小企業は珍しくなくなりましたが、山口先生はそれよりもずっと前から「中小企業も海外進出する時代だ」と言っていましたよね。当社では4年前に縁あってインド人の留学生を採用したんです。インド人って数学とかプログラミンができて優秀なイメージがあったので。

大澤 実際に雇用されてみていかがでした?

太田 最初はやはり大変でした。設計の仕事をお願いしてみても、日本語で微妙なニュアンスを聞き分けることができないんですよね。文化も違いますしコミュニケーションがなかなか難しくて苦労していた頃はありました。それでも何とか苦労しながらも続けていたところ、今度は彼が結婚することになったんです。それでインドでの結婚式に呼ばれて行ったのが、インドへの初渡航でした。初めてインドを見た時の衝撃は非常に強かったですね。「ここには我々の市場がたくさんある!」と。これからインフラがどんどん整備されていく中で、我々の業種の仕事はいっぱいある。今、インドの人口は約13億人、その内10代〜30代が70%を占めていて、平均年齢は約27歳です。まだまだこれから伸びる可能性があると感じました。

大澤 インドはまだまだ若いですよね。


太田 そのインド人の従業員は、「日本は安全だし素晴らしい。インドの20年後が日本にある」と言っていました。でも実際には下水も無いし、歩道はガタガタだし、インフラは日本の20年前どころか50年前と言ってもいいくらいに感じました。それでそこからインドに足を運ぶようになり、色々な人たちと交流をさせていただきました。最初の頃は商談でも日本語の名刺を見せていたので、日本語で書いてあるから当然全く伝わらない(笑)。それで急遽英語版の名刺を作ってまた持って行ってと行き来して、建設会社の方や人材派遣会社の方など、色々な人脈を広げることができています。

インドでの子会社を設立 ~インドと日本をつなぐ架け橋に~


大澤 実際にインドではどのように活動をされているんですか?

太田 2018年7月に株式会社HIJD (Houyuu India Japan Development)という会社を設立しました。ここでは海外建設関連の調査の他に、人材の面でもインドと日本をつなぎたいと思っています。今日本に在留してるインド人は沢山いて、これからも大量に外国人が日本に入ってくるという中で、日本語が喋れるのに仕事に就けていない、就職ができないという人は多くいます。その一方で、日本では少子高齢化で人手不足が進み、毎年多くの中小企業が廃業や倒産に追い込まれています。日本の中小企業における人材不足は喫緊の課題です。じゃあ、そこにギャップがあるよね、と。インドの活気あふれる優秀な人材と、日本の中小企業をつなぐ架け橋になることができればと考えています。

大澤 なるほど、行動が早いですね。

太田 インドからの人材の受け入れのために、現地の方と連携してジョイントでインドに日本語学校も作りました。とはいえ、日本語学校で教えたからといって、日本に来てすぐに日本語が話せる、就職できて仕事を覚えられて職場にも馴染めるかというと、そういう訳にはいきません。実際にはカタコトしか喋れないですし、日本でのビジネスマナーだって分かりませんから。

大澤 日本人ですら新入社員の頃は、挨拶やマナーなど社会人の基礎が分からなかったりしますよね。

太田 ですので、日本に来てからのサポートも含めて、そういったコミュニケーションやビジネスマナーのトレーニングをしなきゃいけないという課題があります。受け入れる日本の中小企業側の立場に立ってみても、「外国人人材を雇いたくてもどうやって雇ったらいいか分からない」、「雇ってもどうやって仕事を教えていけばいいのか分からない」という課題があります。そこで、そのコミュニケーションのギャップを埋めるために研修プログラムを作り、採用できるレベルまで3カ月~6カ月ほど当社で研修しますという形でトレーニングとセットで企業側に紹介していく。

大澤 ただ紹介するのではなく、「日本で働きたい」「外国人を雇いたい」という両者のニーズの間にあるギャップを埋めることが重要ですね。

太田 今インドで大学を卒業しても就職率が40%しかないと言われています。もちろんトップレベルの層はアメリカのIT企業などに就職するんでしょうが、皆がそうできる訳ではありません。そういったインドでの就職に悩むエンジニアが活かされる場が、日本には多くあるんじゃないかと思っています。

大澤 確かに、日本の企業では大企業も含めて理系のエンジニアを採用できないという話はよく耳にしますね。

太田 時代を読み、「私たちにできる仕事は何か」を問い、一社だけで全てはできないので、つなぐ力を活かして連携しながら進めていきたいと思っています。

今後の展望

大澤 最後に今後の展望について教えてください。

太田 今回はお話しませんでしたが、東北の復興はインフラが直っただけで、既存の企業の復興はまだまだこれからという状態です。現地を見ていて、まだこれから10年、20年は絶対にかかる。ですので、経営理念の企業使命にも「地域の発展と“福興”に貢献します」という言葉を入れました。これは街を直してただリニューアルするだけではなく、皆が幸せになるまで東北で頑張っていきたいという想いを込めて、復興の「復」という字を幸福の「福」にしています。今回のインドとの繋がりを、東北の方々ともお繋ぎしながら、東北地方の真の“福興”に貢献したいと思っています。

大澤 以前に比べて報道も少なくなっていますが、本当の“福興”まで今後も長く付き合っていかなくてはいけないですね。

太田 そして、勿論インドと他の日本の地域の交流をもっと促進したいと思っています。吉川市への提言活動を行ったり、先日はスモールサンの電気自動車勉強会に参加して講師の村沢義久さんにインド人を何名かご紹介させていただきました。何かに繋がればいいなぁと思って一つひとつ活動を進めています。最終的には文化交流など日本の文化や伝統工芸、技術といったものを輸出することもやっていきたいと思っています。

大澤 そういえば、昨年末には青森県とインドをマッチングしようということで一緒に青森に行かせていただきました。こうしてお話を聞いていると、日曜大学に仲間を誘って30名で参加されるなど、自分の会社が非常に厳しい時にも率先して学びの場に参加されていて、そういった学びを実践にうつすことで、自分たちの仕事とは直接的に繋がらないところでも海外展開を進めている。これって本当に凄いことだと思います。いろいろな取り組みに挑戦されてて、今後が楽しみです。今日は本当にありがとうございました。


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