スモールサンニュース大澤徳の“現場レポート”

第9回 株式会社デイリーサービス
〜東日本大震災をきっかけに福島県産の有機農産物へ挑戦をはじめた会社の軌跡〜


福島県内で卸売業や運送事業を営む株式会社デイリーサービス。
福島県内のスーパーへの売上依存度が高い状況の中で、東日本大震災で取引先のスーパーが被災。取引先の経営悪化や、福島県の農産物への風評被害などをきっかけに、「福島県のために、自社にしかできない仕事をしたい」と決意され、「有機農産物」に関する新規事業をはじめられたそうです。
今回のインタビューでは、これまでの軌跡を引地孝之社長に伺います。

【会社概要】
会社名:株式会社デイリーサービス
代表取締役社長:引地 孝之
所在地:
【本社】〒960-2101 福島県福島市さくら1-2-9
【郡山物流センター(アスト郡山センター)】〒963-8071 福島県郡山市富久山町久保田本木14
設立:2000年
事業内容:
(1)    卸売事業
和洋日配品、農産物、農産加工品卸売業務
(2)    一般貨物運送事業
輸送配送業務
(3)    サード・パーティ・ロジスティクス(3PL)事業
・小売業物流センター運営事業
・卸売業物流センター運営事業
・物流改善業務
※3PL事業とは、荷主企業の物流アウトソーシングを請負う事業です。
従業員数:47人
WEB: http://www.dairy-s.co.jp/

“東日本大震災”・”福島県への風評被害”に負けたくないと一念発起

大澤 「有機農産物」への取り組みの背景はなんでしょうか?

引地 東日本大震災がきっかけです。ご存じの方も多いと思いますが、福島第一原子力発電所事故の影響で、日本全国の方から、福島県産品へ不安が拡がり、「福島のものは買ってもらえない」という状況になりました。

大澤 福島県産品への風評被害の問題、ありましたね。

引地 震災が起きて「このままで福島の農業はまずい」と思っていたときに、福島県の大学生と福島県の企業と大学で連携して何かやりましょうという産学連携について話し合う場で、とある女子大生が「私たちって結婚できますかね??」と不安げに言うんです。また同じ頃、弊社の社員の親戚で、震災時に福島県に“住んでいない”のに「福島県出身だから結婚するな!」と反対にあって、結局 結婚が破談になったという話がありました。

大澤 “震災時に福島に住んでいない”のに、結婚に反対ですか!?

引地 そうです。「福島県出身者は早く死ぬから、嫁にもらうな」という理由だそうです。他にも「将来、子供たちは癌になって早く死ぬ」と言われたり、散々な状況でした。こういう話を聞く度に「ふざけるな」という「腹立たしさ」と同時に「なにくそ」「見てろよ」という思いが湧き上がってきました。ちょうど、私自身も小さい子どももいますし、「子どもたちのためにも、将来の福島のために何かしたい」と思い、「自分にしかできないことに自分の命を使いたい。福島県のために、自社にしかできない仕事をしよう」と決意しました。

有機野菜に挑むきっかけ

大澤 そもそも、どうして野菜に目を向けたのでしょうか?

引地 そんなに「福島県出身者は短命だ」といわれるなら、福島県を日本一長寿にして、見返してやりたいと思いました。また、震災後に福島県産の農産品への風評被害が拡大していくときに「このまままだと福島の野菜を誰も買ってくれなくなるんじゃないか。そうすると福島県の農業自体ダメになってしまう」と不安を感じていました。検査の徹底など安全確保を徹底して普通の野菜を作っても売れないなら、有機栽培とか付加価値をつけて販売する必要があると思ったんです。そこで、福島県の方々に安心・安全で体に良い「有機野菜」を毎日食べられるような手頃な価格でご提供できる仕組み作りをはじめました。

大澤 思い切った挑戦ですね。

引地 何からやったらいいだろうか、と考えていた頃に、新しい荷主さんから「福島県内全域で、雑貨を運んでいただけませんか?」というお話がありました。ただ、先方からご提示いただいた金額では、利益がでないどこから、むしろ赤字になるようなお仕事で、正直なところ「やってもな…」と思ったのです。物流業界は、行きの片道分の運賃と、帰りの分の荷物の運賃を合わせての収益構造で考えるのですが、帰りの分の荷物がなく、片道分の運賃しかいただけない状況でした。一方で、福島県の農産品のためとはいえ、自社だけで福島県内全域の便を構築するのは無理だとも思っていました。そこで、この仕事を赤字覚悟の先行投資と考えてお引き受けして、まずは福島県全域の物流便を自社で組む。そして、将来的には戻りの便で福島県内の特産品を積んで帰ってくる事もできるのではないかと考え、震災の翌年から引き受けたんです。

大澤 よくお引き受けされましたね。引き受けてから、どうでしたか?

引地 引き受けたまではいいものの、当時は弊社のドライバー不足が深刻で、帰りの便で農産物を載せるどころか、私自らトラックを運転したり、倉庫作業したりするような目の前の仕事だけで精一杯という状況でした。なので、有機野菜を手掛けるようになった当初は、私が自分の車で生産者を一軒ずつまわり、販売先のスーパーへ持っていくということをしていました。2018年頃からドライバーの体制が整いましたが、それまでは帰りの便の分の収入がなく、赤字が増えていくのを我慢しながらやってました。

大澤 そこまでの覚悟すごいですね。どうしてそんなに我慢できたんですか??

引地 「野菜というのはそんなに日持ちしないのに、なんでわざわざ遠くから持ってきて、しなびてしまった葉物野菜などを買うの?採れたての地元の新鮮な野菜を食べたらいいのではないか?」と思うんです。ですから、地産地消を促したいという想いがあります。

大澤 たしかに採れたての野菜は美味しいですが、相当苦しい状況だったと思います。

新鮮で手頃な価格の実現を目指して

引地 もう一つは、有機栽培が昔からあるのに、なぜ伸びないかというと、普通の野菜比べて“高い値段“がハードルになっていると思うんです。「“有機栽培“だから何やら手間がかかって高いのは仕方ない」と皆さんには思われるかもしれませんが、私は「”流通の多段階化”の問題」を解消することで、もっと価格を下げる事ができると思ったんです。

大澤 「”流通の多段階化”の問題」とは具体的にどういうことでしょうか。

引地 たとえば、福島で採れた野菜を、千葉や東京などにある有機野菜専門の卸売業に宅急便などで出荷すると、この時点で1日か2日かかります。そこから全国各地の市場に、卸すのに2日とかかかります。そこから仲卸に行って、そこから更にスーパーに行くとなると何段階にもなるので、どうしても価格が上がってしまう。そうすると最終的には、消費者が「え?こんな値段!?」と驚くような値段が付くんです。しかも、日数も経って鮮度も落ちていきます。時間と共に鮮度が落ちてものは悪くなっていくのに、値段が上がっていくという最悪な状況です。

大澤 なるほど。たしかに、野菜の鮮度は下がっているのに、価格が上がるのは、良い物は値段が高いという感覚からすると不思議な話ですね。

引地 私が東京の有機専門のスーパーで葉物野菜を見ると「この値段でこの鮮度のもの販売するのは、いいんだろうか?こんなしなびたものを食べて体に大丈夫なのだろうか?」と思ってしまうこともあります。だったら、自分たちで従来の多段階の流通構造に依る高価格の鮮度が悪い有機野菜ではなく、生活者が毎日食べられるような手頃な価格で新鮮な有機野菜を供給したいと考えています。

大澤 既存のやり方や当たり前を「問(い)」直して、新しい仕組みを構築されようとしたのですね。今はどのような流通・物流を構築されているのでしょうか?

引地 野菜の品種や地域にもよりますが、最短でその日の朝にとれた野菜を、その日のうちに地元スーパーへ卸すというスピードを実現しています。朝に出発して生産者のところを1軒1軒集荷して、お昼の便で、午後にはスーパーなどの小売店に届けています。しかも、物流費用を生産者の方では無く、弊社が負担しています。

大澤 新鮮な状態で生活者の方にご提供できるようになったのですね。しかも、生産者方の送料無料とはすごいですね。



当社だからできた仕組み 物流と商流の組み合わせ


大澤 もし野菜分の送料を生産者の方にご負担いただかないなら、どうやって収益をあげてらっしゃるのでしょうか?小売店や最終消費者のほうから、送料分をご負担いただくような仕組みでしょうか?

引地 小売店や最終消費者からいただくのは、そうなのですが、単純に物を運んだ分の物流費用としてではなく、仕入れて売っての分の差額分の儲けも加えて、売値に反映しています。

大澤 運ぶことを中心とした物流業というよりも、卸売業ですね。

引地 弊社は元々、物を運ぶだけの物流だけでなく、卸売事業も営んでおります。社名のデイリーサービスは、毎日の意味の「DAI“L”Y」ではなく、「DAI“R”Y」で「乳製品の〜」という意味で、もともと前身の会社から牛乳やヨーグルトなどの乳製品の卸売業を営んでいるんです。乳製品の卸から派生して、生ラーメンや漬物、銘菓なども卸すようになってきました。

大澤 なるほど。元々が卸売業なので、どういう商品が売れるだろうか、という視点が強いんですね。運ぶという物流的な視点と、売れるものを仕入れて小売店に販売するというのは、物を動かすという意味では、似ているかもしれませんが、求められている機能が違いますもんね。

引地 普通の卸売業の考え方ですと、商品の仕入先・販売先を繋げて、それから物流をどうしようかと考えるんです。そうすると、とりあえず宅急便で運ぶことになったりするのですが、商品価格に物流費用を上乗せしてみると、高価格になってしまい販売が長続きしないということも多いんです。私たちは、先に物流を作って、後で商品の仕入れを始めました。加えて、卸売業の考え方として、売れる物を小売店にご提供したいという感覚もあるので、結果として有機野菜の販売価格を抑えた状態の仕組みを構築することができました。

大澤 ここまでお話しを伺っていると、有機野菜へ新規事業の取り組みは、御社が元々持っていた「物流・卸の機能」と「販路先との人関係」が基礎になっているように思えます。

引地 おっしゃるとおりです。2012年12月にスモールサンゼミ東京で山口先生からの講義で「隣接異業種」や「5%の新規性」の重要性を学んで、自分が取り組んでいることは間違いではないと確信したのを覚えています。

拡がりつつある生産者とのネットワーク

大澤 物流や卸売業としての取り組みについて、ここまで伺ってきましたが、生産者の方との繋がりを、どのように増やしているのでしょうか??

引地 生産者さんが、出荷にかかる手間をどうやって減らして便利になるだろうかを考えて仕組み作りを進めてきました。先ほど申し上げた「出荷時の運送料なし」「当社便にて生産者一軒一軒に集荷」もそうです。年配の方々からは「自分で行かなくても家にまで来てくれるんだから、こんなに楽なことはない」と喜んでいただいています。加えて、まずは「JA規格B品も含めて、定価で全量買い取り、返品無し」というにもやっています。よほど夏場の厳しいときだけ値段を下げさせてもらいたいと思っていますが、今相場が安すぎるから買わないと言ったら、生産者さんが困ってしまいますので、値段を少し下げてでも仕入れるようにしています。

大澤 生産者さんに取って至れり尽くせりの仕組みですね。


引地 他にも普通であれば生産者さんが「有機JAS認証シール」を、出荷団体が「出荷団体名を表記するシール」を、小売店が「店舗販売用シール」の3枚を別々で貼るのですが、これを弊社で1枚のシールにして作成して貼るようにして、生産者・出荷団体・小売店のそれぞれの手間とシールの印刷費用を削減したりしています。

大澤 これも物流と商流の両方を把握しているからこそできる取り組みですね。

引地 最近では、規格外品は弊社でお付き合いのある漬物会社へ販売して、その漬物会社、弊社、スーパーにて有機野菜のオリジナル漬物を商品化しようと挑戦しています。

大澤 自社商品の開発まではじめるのはすごいですね。

引地 その他にもイノシシ対策のために電気柵を100万円分無償で、生産者の方へ提供しました。山だとイノシシの被害が大きくて、例えば「サツマイモを作ってたけど、全部イノシシに食べられてしまって、収穫できなかった」とか、そういう話が沢山あるんです。そこで、イノシシ対策の電気柵を提供して、その代わり「ちゃんとできた作物は出荷して欲しい」というお願いもしました。

大澤 生産者の方が必要な物のサポートもされてらっしゃるんですね。

引地 あとは売れる作物を作らないと生産者も当社も収益にならないので、毎年11月に生産者さんと「次年度の作付け計画の会議」を開催するんです。会議前にバイヤーが求める作物が何かヒアリングしたり、今年と昨年の実績を農家さんごとに個別でまとめておきます。会議当日、生産者の方と「次年度に何を作るか」を種苗メーカーのウェブサイトを見ながら相談するんです。その中で「作ったことなくてリスクだね」というものは、弊社が種代を出したりもしています。

大澤 生産者にとって本当に至れり尽くせりですね。

引地 今でこそ、上記のような取り組みで生産者さんとの関係が構築できていますが、2014年の頃、たしかキュウリだったと思いますが、最初は500円の仕入れからはじめました。「生産者からそんな小さい商売じゃ続くはずない」言われました。生産者の方も半信半疑だったと思いますが、私はコツコツやっていればいつかだんだんと広まると思っていました。だんだんと生産者さんに出荷数を増やしてもらったりして、今現在にいたります。最近では、生産者の方が冬場の閑散期に、弊社で検品やピッキング作業などを手伝ってもらったりしております。年末は忙しい時期なので、非常に助かっています。

大澤 生産者の方々との関係が深まっていくのが伝わりました。ここまで生産・加工・流通(物流・配送)を御社を中心に構築されているとなると、簡単に他者は真似できませんね。



福島県を有機野菜出荷額で日本一にしたい


大澤 今後のビジョンについて教えていただけますか?

引地 将来的には、福島県を有機野菜で日本一にするために何ができるかを考えています。まずは、現在の取引先の小売店での有機野菜のシェアを高めることで、生産者1人1人の出荷金額を増やして、農家が後継者育成をできるような環境を創りたいと思っています。生産者の方は農業収入が主な収入源ですので、私達の流通が、生産者の方の生活を支えているなという責任感があります。その気持ちから「どうしても何とかして買ってあげなければいけない」と思っています。

大澤 引地社長に取材させていただく中で、取り組みの内容ももちろんですが、引地社長の「自社がどうなるかではなく、社会をどう変えたいか、そのために自社が何をすべきかを考えている」姿勢にも大変勉強になりました。今後のご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。


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