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		<title>スモールサンニュース - 中小企業コラム</title>
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		<copyright>Copyright (C) 2026 スモールサンニュース All rights reserved.</copyright>
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			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>吉原准教授の中小企業コラム　2026年2月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6336.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「天童将棋駒、日本一への歩み」</h2>









































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<p>山形大学人文社会科学部准教授　　吉原　元子氏（中小企業論担当）</p>









































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<h3 >天童将棋駒と加藤一二三九段</h3>









































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<p>先日、将棋界のレジェンドである加藤一二三さんの訃報に接しました。長年にわたって将棋界を盛り上げてきた存在ですが、実は天童の将棋駒とも深い縁があります。<br />
<br />
山形県天童市は、今では将棋駒の国内生産シェア約9割を占める日本一の産地として広く知られています。後述のように、そこに至るまでの歩みは平坦なものではありませんでしたが、その節目に加藤九段の存在がありました。<br />
<br />
1951（昭和26）年、天童市で初めてプロ棋士によるタイトル戦が開催されました。このとき、地元天童産の駒が提供されましたが、盤に並べられることはありませんでした。当時の天童駒は大衆向けが中心で、高級品として評価されていた東京駒とは質の面で大きな差があったからです。その悔しさから、「プロ棋士の対局用の駒」への挑戦が始まったといいます。<br />
<br />
契機となったのは、1980（昭和55）年の王将戦第5局でした。加藤王将（当時）と大山康晴棋士の対局で、天童駒が使われることになったのです。2日間の対局のうち1日だけの使用でしたが、職人の手記には「ようやく天童将棋駒の新しい幕が開けたのだった」と感慨深く記されています（桜井2013）。<br />
<br />
この後、タイトル戦で天童将棋駒が登場することは珍しくなくなりました。この出来事が、天童将棋駒が名実ともに日本一の産地となる節目だったといえます。地場産業である将棋駒について学生とともに調査を進める中で、このエピソードを初めて知り、感銘を受けました。<br />
<br />
加藤九段の平安を心よりお祈りいたします。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/b7aa503d9966c7de82e3873d94a1cdf99ed57c377dda7f2fbb8d9df17ea5263e.png" alt="" width="1304" height="1063">
</div>

































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<h3 >天童将棋駒の歩み</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>平安時代まで遡るという日本将棋の長い歴史に比べると、産業としての天童将棋駒の歴史は比較的新しいものです。<br />
<br />
天童将棋駒のおこりは、江戸時代末期です。天童織田藩が、藩士の生活困窮対策として将棋駒の製造を奨励し、米沢から技術者を招聘したことが出発点です。明治末頃までは、木地屋と書き屋の分業による手工業生産でした。漆で駒木地に直接書き込む「書駒」と呼ばれる大衆向けの手頃な駒が主であり、「彫駒」を中心とする大阪の中級品や東京の高級品とは対照的でした。<br />
<br />
明治末期から大正にかけて、駒木地製造の機械化が始まり、木地の一貫生産が始まりました。また、「押駒（駒木地に直接スタンプを押した駒）」の製法が導入され、新製品への需要の高まりが生産拡大を後押しし、大量生産体制が整えられていきます。流通面では、地元問屋が製品を集荷して東京や大阪の問屋に送るという体制でしたが、いわゆるOEM供給であったため産地名が知られることはありませんでした。<br />
<br />
1931（昭和6）年の満州事変の頃から慰問品として将棋駒の需要が急増し、天童では書駒がフル生産となります。1939〜40（昭和14〜15）年頃になると、大阪から押駒の注文が入るようになります。大阪でも押駒を生産していましたが、急増する需要に応じきれなかったためです。一方、天童では木地の量産化が進んでいたことで安価に提供できました。その結果、量産品の生産は天童が中心を占めるようになり、天童将棋駒の名が広く知られるようになりました。<br />
<br />
戦後から昭和30年代にかけては生産の最盛期で、押駒・書駒が生産の中心でした。1965（昭和40）年時点では、全体の約7割が押駒、2割が書駒、1割が彫駒であったとされます。昭和40年代に入ると彫駒の生産が本格化し、印刀による手仕事の彫りだけでなく、機械彫りが導入されます。用いられる材料や書体の幅も広がり、品揃えの拡充によって需要拡大が図られました。<br />
<br />
しかし、1974（昭和49）年のオイルショックが産地にとって大きな転機となりました。消費者のニーズはより高品質志向となり、彫駒の普及によって購買サイクルが長期化します。さらに、「天童は大衆駒の産地」というイメージが足かせとなりました。市場環境は大きく変化しましたが、産地の対応は十分とはいえず、押駒・書駒を中心に生産は急速に縮小しました。<br />
<br />
オイルショックからバブル崩壊にかけての時期、天童の将棋駒生産量は半減したといわれます。彫駒の分野では機械彫りが進んだ一方、需要の減退も重なり、手彫りの職人は減少していきました。そうした状況のなか、職人たちは「銘駒工人会」を結成しました。木地師、彫師、書師、盛上師等が参加して、1985（昭和60）年に職人自らの手による展示会を開催しました。職人だけの作品展は画期的でした。このような努力も実り、1996（平成8）年には「天童将棋駒」が経済産業大臣指定の伝統的工芸品になりました。<br />
<br />
現在では、全生産量の約7割が彫駒です。そのうち、9割以上は機械彫りですが、手彫りの分野では「彫埋駒」や「盛上駒」といったより高付加価値の製品が製作されています。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/21ccbebc277b49bd0d7f2b21133c48fa4fbcc3e8aea435e8140c51da26cd2bef.png" alt="" width="1300" height="712">
</div>

































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<h3 >担い手育成が支える産地の対応力</h3>








































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<p>天童将棋駒が伝統的工芸品に指定されたことをきっかけに、天童市と山形県将棋駒協同組合は職人の育成にも力を入れています。天童将棋駒後継者育成講座は、1997（平成9）年に始まり、現在も継続しています。<br />
<br />
この講座は彫師の育成を目的として、彫駒の技術と技法の修得を5年かけて行います。月2回、夕方から2時間の開講で、別の仕事をしながらでも通えるようになっています。受講料は無料です。講師は、山形県将棋駒協同組合に所属する伝統工芸士が務めます。修了後に産地での活躍を期待していることから、受講対象は天童市在住者です。<br />
<br />
5年間で職人として自立できるよう、「天童将棋駒」と名のるにふさわしい技術水準に到達することが目標とされます。これまでの修了生約30名のうち、約半数が職人となっているといいます。もっとも、駒一筋ですぐに生計を立てることは容易ではなく、修了後の支援も行われています。その一つが、道の駅天童温泉内の展示・実演コーナーで製作実演を行うことで、賃金を得る機会の提供です。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/b6ebe20506c50df1892bd0c89da6159c5a33f58db239e30fc6a77f32b7385a63.png" alt="" width="1980" height="1620">
</div>

































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<p>こうした人材育成の継続的な取組みが成果として表れたのが、いわゆる「藤井フィーバー」の時期です。藤井聡太棋士の活躍や、『3月のライオン』アニメ化、さらにはふるさと納税への対応が重なり、図表2が示すように2015〜16年には生産額が2013年の約2倍へと急増しました。ブームによる需要拡大に対応できたのは、あらかじめ担い手が育成されていたからです。地道な人材育成が、急激な需要の変化に対応する産地の力を育み、産地の持続可能性の向上につながっているといえます。<br />
<br />
天童市では現在、「将棋の聖地」化を目指してさまざまな取組みが進められています。ここでは書ききれませんが、天童将棋駒のこれまでの展開は市民の「シビックプライド」の源泉となっています。地域を挙げた地場産業振興の今後に、引き続き注目したいところです。</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（参考文献）<div>桜井和男（2013）「天童と将棋駒」</div><div>天童市商工観光課（2021）「天童と将棋駒」</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6336.html</guid>
			<pubDate>Fri, 20 Feb 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>遠山教授の中小企業コラム　2026年1月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6296.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「越前・武生の包丁が世界に届くまで <br />
　　　— タケフナイフビレッジの挑戦」</h2>









































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<p>立教大学経済学部教授　遠山恭司氏（中小企業論担当）<br />
</p>









































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<p>北陸・越前といえば、蟹です。シーズン到来とともに、お正月を含めて、外食や自宅で舌鼓を打ったみなさんも多いことでしょう。常々、シーズン中に福井県を訪れ、本場の味を楽しみたいと常々思っているのですが、この20年、幾度となく解禁前に調査・出張が終わってしまい、その機会を逃してきました。</p>









































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<h3 >包丁輸出が伸びている</h3>








































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<p>大学の授業で、日本の代表的な輸出品目を学生たちに問います。普段からあまり注目していない学生も多く、筆頭であり続けている自動車以外は、的確な解答が返ってくることはあまりありません。鉄鋼や半導体等電子部品は、日常で目にしたり耳にしたりする機会が少ないからでしょう。<br />
<br />
ところで今、静かに、しかし劇的に輸出を増大させ、ブームともいえる品目があります。わたしたちの身近にある、「刃物・包丁」です。財務省貿易統計をみると、日本の刃物輸出額は、この10年でおよそ３倍から４倍にまで膨れ上がっています（図１）。その輸出ブームを牽引しているのは、代表的な産地として名高い岐阜県関市、新潟県三条市、大阪府堺市でしょう。輸出先は米国、オランダ、中国、韓国、ドイツ、カナダ、スウェーデン、豪州などが上位に並んでいます。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/fc8b9ee9c99291531093818a906c68ee2e8c8431b6317e4f09f5996cf92fe6a7.png" alt="" width="776" height="496">
</div>

































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<p>知名度や規模では敵わないかもしれませんが、生産・輸出に加えて直接販売まで手がける、実に興味深い小さな産地があります。越前市・武生（たけふ）地区です。700年の歴史と伝統をもつ「越前打刃物」として、伝統的工芸品にも指定されています（図２）。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-6">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/546b081efd7a692e18de51deb4949e4eb5310c7b5476af4b3835c2c2f775d5ba.png" alt="" width="340" height="491">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >タケフナイフビレッジ協同組合</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>北陸新幹線の高架をくぐった先の田園風景に、突如として現れる、モダンで幾何学的な建物があります。それが、タケフナイフビレッジです（図３）。この建物の正体は、越前打刃物の職人たちが共同で使用する工房であり、ショップであり、産業観光の拠点でもあります。そしてなにより、14社（当初は10社）の刃物工房・職人が集結した「協同組合」の拠点です。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/9f7e4f9cfde51cb905802dd652e4f99cdb09cbc3556010f843b5273d5422f36d.png" alt="" width="1851" height="1382">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>もともと産地全体を統括する産地組合が存在します。タケフナイフビレッジは、高度成長以降の需要構造の変化、伝統工芸品の斜陽、市街地化にともなう騒音・振動などの苦情、閉鎖的な家内工業の限界などに危機感を抱いた若手職人たちが結集したところに端を発しています。<br />
<br />
任意の研究会を立ち上げ、夜な夜な集まって議論を重ねていました。転機となったのは、インダストリアルデザイナーの川崎和男氏との出会いです。つくることにかけては自信のある職人たちに、川崎氏は「売れるデザイン」「世界に通用するブランディング」の重要性を説きました。<br />
<br />
従来の刃物とまったく異なる構造とデザインを提示され、何度も衝突を繰り返し、試作品づくりに明け暮れた末に、自分たちのブランド「タケフナイフビレッジ」として新商品17点を開発しました（1983年）。従来の和包丁の常識を覆す、オールステンレス一体型の包丁などです。販売も問屋まかせにせず、自分たちで東京やニューヨークで展示会を開いたり、海外の見本市にも積極的に出展したりしてきました。その流れを受けて、1991年に協同組合が結成されました。</p>








































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<h3 >共同工房と直販体制</h3>









































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<p>伝統的な技とデザイン、知識と技術、生産と販売、OEM仕事と共同ブランド事業、異質なものの組み合わせが、彼らを次元の異なるステージに導いたのです。その再現性を持続させたいという発想から、構想・設計・建設されたのが、共同工房でした。個別バラバラの自宅工房で細々と事業を続ける限り、親族以外の後継者も現れにくく、そもそも子どもが事業承継する保証もありません。みんなでわいわい取り組みながら、創造的な発想と確かな手仕事を協力して実現できる拠点づくりを、川崎氏の示唆を得て進めました。<br />
<br />
その結果、総工費3億円の共同工房を、当時のメンバー10人がそれぞれ3,000万円の借金を背負い、「一世一代の大勝負に打って出た」のが1992年でした。<br />
以来、ここは共同工房、協同組合活動の拠点としてばかりでなく、共同ブランド商品や加盟企業のオリジナルブランド商品の直売所、さらには工場見学（図４）や包丁づくり体験のできる産業観光拠点といった複合的施設となっています。タケフナイフビレッジは30年以上も前から、オープンファクトリーを実現していたともいえ、その先見性が光ります。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/70b14e864f942add4b748d204236f5cc53ea663761fe342e24af770b83ff0773.png" alt="" width="2560" height="935">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>タケフナイフビレッジの年間来訪者数は、2025年実績で約2.5万人だったそうです。バス路線もなく、交通至便とはほど遠い立地ですが、わたしが訪問していた2時間ほどの間にも、欧米からの来訪者が４組ほど訪れ、1本数万円もする包丁の買い付けていました（図５）。また、１日２名限定の包丁づくり体験は、６ヶ月先まで外国人を中心に予約が埋まっている状況です。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/8aa1ea77a0436e3169bd159fc63e85a5e5100b51df63988cc4d1febcb568267e.png" alt="" width="1705" height="1323">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >外から来て、育ち、独立する</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>そしてなにより、共同工房の見学と、その働く姿に魅せられた若者が、組合企業に就職するという循環ができている点も大きな特徴です。個人・零細経営をひとりで続けていても就職希望者や後継者が現れることはなかったのですが、この共同工房を見て、ものづくりの魅力やビジネスモデルを理解し、全国から求職者が集まるようになりました。最近では若手も増えてきたため、職場の生産性と安全性の向上をねらって、ものづくり補助金を活用した新型プレス機の導入でDXや環境整備にも力を入れています。<br />
<br />
共同工房では10代から80代まで、世代をまたいで、異なる会社の職人が隣同士で仕事をしています。ベテランの仕事を間近に学び、会社の違いを超えて教え合う文化も醸成されています。世襲にこだわらず、企業の看板を引き継ぐ道もあれば、独立することも推奨されます。実際、共同工房の隣に独立して事業所を構え、新規に組合に加盟するケースも出てきています。<br />
他方で、組合側でも販売・管理スタッフのほかに、体験工房を担当しつつ、将来的には共同ブランド生産を担うことを見越した人材を雇用し、その技能教育も組合企業が協力して支えています。</p>









































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<h3 >ブーム後も見据えて</h3>









































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<p>現在、タケフナイフビレッジ協同組合の加盟事業者も組合スタッフも、数ヶ月先までの受注を抱えた生産・輸出・販売活動に大わらわです。ですが、彼らは「いつまでもこのブームが続くはずがない」と、しっかりとその先を見据えています。世界的視野を持ちながら、外部の人材や知見を取り入れ、組合内部でも活発に議論し、末永く事業を継続していくための取り組みを、地に足をつけて進める方針だといいます。<br />
<br />
SNSの発達とインバウンドの隆盛を受けて、日本の手仕事の「真正性（Authenticity）」が次第に世界中に知れ渡りつつある——というのが、わたしの認識です。この真正性を具現化する現場の力は、若年層の一部にも確かに響いており、人材の流入も続いていくでしょう。<br />
世界需要を常に満たし切らない程度の供給力（希少性）と、付加価値をしっかり乗せた価格決定権。その両者によって、やりがいと豊かさを実感できる地方経済が体現されている——そういっていいのではないでしょうか。</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>【参考資料】</b><div>
タケフナイフビレッジ協同組合　<a href="https://www.takefu-knifevillage.jp" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.takefu-knifevillage.jp</a></div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
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			<pubDate>Tue, 20 Jan 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>海上講師の中小企業コラム　2025年12月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6263.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「『人生100年時代』の罠 ― 高齢者が働く理由の虚実 Vol.３」</h2>









































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<p>横浜市立大学国際商学部・立教大学経済学部　兼任講師　海上泰生氏（金融論等担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >はじめに</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>『「人生100年時代」の罠』と題して論じてきた本コラムも、これで３回目になります。その論旨の一つになっているのが、『「人生100年時代」という罪なフレーズが、長生きリスクを過剰に煽っている』という考え方です。80歳時点で平均4,480万円（不動産含む。総務省調べ）という驚くほど豊かな資産を保有する我が国の現状において、高齢者世代は、なぜか「経済上の理由」を筆頭に挙げて働いている。しかも、前回紹介した高齢就業者等3,090人に向けたアンケート調査結果では、やりがいや喜びを感じることもなく、ただ経済的な理由だけで働いている高齢者が３割程度存在することが示されました。そこにあるのは、「老後」への過剰な不安。いわば、『「老後」が心配なので貯蓄を取り崩してはいけない。その年の生活支出は、その年の年収で賄わなければいけない。「老後」のために貯蓄は、なるべく積み増したい』という意識です。既に「老後」なのだから、長年働いて蓄えた成果にそろそろ手を付けてもよさそうなのに、まだまだ…、もっともっと…蓄えないと不安なのです。<br />
<br />
この「老後」を思う際に、頭をよぎるのは、まさに「人生100年」。60歳以降まだこの先40年間も生活を維持しなくてはならないのか…と途方に暮れるフレーズです。これは、英国の学者らが自らの著書で提唱して話題になった一説に政府が乗じたことで、大きく広まりました。「（いずれは来るであろう）人生100年に向けて…」とか「～100年時代を見据えて」とか、何となく前向きな響きと端的かつ明瞭な語感により、学術的な検証はさて置き、広く喧伝されてしまった感もあります。確かに、医療の飛躍的な進歩、遺伝子レベルでの老化に抗う研究などもあり、不老長寿への希望は拡大しつつありますが、人々の働き方にネガティブな影響を及ぼすとなると、軽はずみな乱用は感心しません。本稿で「人生100年」説そのものを検証をするつもりはないものの、まずは、我が国の平均寿命と健康寿命の現状について少々語ったうえで、本論の高齢者就労につないでいきましょう。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >人生設計の土台になる平均寿命とは</h3>









































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<p>我が国の平均寿命が、終戦後に著しく伸びたことは、よく知られています。例えば、男性の場合、終戦直後50歳代だった平均寿命が60歳を超えたのは1951年。これが70歳を超えたのが1971年であり、20年間で10歳分の寿命が伸びたことになります。かなりの速度ですが、女性はもっと速くて、平均寿命が60歳を超えたのが1950年。これが70歳を超えたのが1960年であり、わずか10年間。1年当たり1歳の平均寿命が伸びるというこれ以上ないほどの急速度でした。これらは、戦争が及ぼしていた悪影響が解消したためと容易に推測されます。特殊な状況であったと考えてよいでしょう。<br />
<br />
次に、男性の場合、平均寿命が80歳を超えたのが2013年。つまり、平均寿命70歳が80歳になるまでには42年間の年月を要しました。女性の場合、平均寿命が80歳を超えたのが1984年。ここでは10歳伸びるために24年間掛かりました。それでも女性の方は、男性に比べればかなり速かったので、さらに40年間くらい経てば平均寿命が90歳を超えるかもと期待されましたが、以降、今日まで41年間を経ても、平均寿命は87歳に留まっています。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
	<a href="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/large-4dc55ca02e75542a955e4ae81cbc2b849c31c75dcdfd76574cea8c76ec4c05c9.png" data-rel="SmartPhoto[6263]" data-caption="">
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	</a>
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>そしてここからは、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計を見てみましょう。図表１の2030年以降の黄色いエリアです。これによると、女性の場合、平均寿命が90歳を超えるのは、2050年代。そうなると、80歳から平均寿命が10歳伸びるのに、およそ70年間を要したことになります。ここはかなりポジティブに考えて、平均寿命90歳から100歳になるまでに要する期間も、同じ70年間ほどで済むと強気に(無謀に？)仮定しましょう。それでも「人生100年時代」が実現するのは2120年の話ですね。そう、2120年ですよ。来世紀の話になります。<br />
<br />
加えて、男性の場合は、平均寿命が85歳を超える年が2060年代という推計結果（図表１）から計算すると、もはや平均寿命が5歳伸びるのに50年間も掛かるほど減速しているのです。かなり強気に仮定しても、平均寿命90歳になるのは2110年代。同100歳になるのは2210年代というはるか未来になります。「人生100年時代」は、きっとSFの世界なのかもしれませんね。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（注）平均寿命とは別に、「寿命中位数（出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数）」という概念があります。要するに、同い年のなかで50％がなんとか生き残っている年齢です(2024年では、男性83.9歳、女性90.0歳)。平均値のように平均から極端に外れた値に引っ張られる性質がないのが特徴で、過去50年間では、平均寿命に概ね３歳を足したくらいの年齢になっています。これをベースに考えるとしたら、男性の場合、2180年代くらいには「人生100年時代」が実現するでしょう。</td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<h3 >意外に短い健康寿命の実態</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>さて、本シリーズの第１回で示したように、内閣府の世論調査によると、男性の４人に１人、女性の５人に１人が65歳を超えて70歳くらいまでは働きたい。さらに同数程度の男性の４人に１人、女性の５人に１人が70歳を超えても働きたいと回答しています。ここで一つの節目になっているのが70歳という年齢。現代日本人にとって70歳前後まで働くことは、どういう意味をもたらすのでしょうか。「健康寿命」の観点から考えてみましょう。<br />
<br />
厚生労働省によると、健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいいます。つまり、「まだ体が利いてやりたいことができる」寿命ということですね。天寿を全うする直前までみんな健康・元気で、「ぴんぴんコロリ」であればよいでしょうが、現実には、なかなかそうはいきません。そうした健康寿命と平均寿命の差と推移を示したのが図表２です。これをみると、生活水準や医学の向上などを背景に、健康寿命は伸長しているものの、平均寿命もその分伸びていて両者の差はなかなか縮まりません。不本意ながら、男性では8～9年間、女性では11～12年間程度のもどかしい年月を過ごす覚悟が必要なようです。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
	<a href="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/large-50e877cb60cc245d06fe6e24cd3e861bf18735530c7cd7f230dba0cf12badd5e.png" data-rel="SmartPhoto[6263]" data-caption="">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/50e877cb60cc245d06fe6e24cd3e861bf18735530c7cd7f230dba0cf12badd5e.png" alt="" width="700" height="345">
	</a>
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>ここで、むしろ注目すべきは、健康寿命の意外な短さです。健康寿命では、男女に大きな差はなく、いずれも72歳～75歳程度で扉が閉まります。「人生100年」なんて悠長なことは言っておれません。70歳でリタイアし、さあ、ようやく自由な時間を自分のために存分に使おうと思っても、健康寿命は、男性であと2～3年、女性で5年くらいしか残ってないという現実。もちろん、働く喜びや働き甲斐に満ちて70歳を迎えたのなら、言うことはなし。もし仮に、本当は実現が怪しい100歳の自分を心配し、せっせと蓄財する目的だけに働いてきたとしたら…。働き甲斐が少ないなか、結果的には無用な「経済的理由」だけで働き続けてきたとしたら…。これは、望ましい就労とは言えないでしょう。未だ保有資産の少ない若年層、教育費や生活費の負担が重い中年層の場合なら仕方がない。相対的にコストが少なく資産が多い高齢者になっても、若い世代と同じ蓄財意識で働くのは、残りの人生において大切な健康寿命の浪費にもなりかねないのです。不必要に資産を積み上げ、結局、予定外の偶発的遺産(結局使い切れずに残る資産)を残すだけなら、むしろ早い時期から趣味や家事を充実させた方が豊かな人生につながるとも言えます。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >高齢者の人生にとって望ましい働き方(働く側から、雇用する側から)</h3>









































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<p>冒頭で述べましたとおり、『「人生100年時代」の罠』と題して、勝手に論じ始めた本コラムも、回を重ねて３回目になりました。それなら、同「100年時代」に対する考え方をもっと記述した方がよいと、今回は予定を変更して、平均寿命や健康寿命について紙幅を割かせていただきました。それにしても、前節の最終行を、「（無為に働くくらいなら）むしろ早い時期から趣味や家事を充実させた方が豊かな人生につながる」と結ぶとは、雇用する側からは、「この人手不足の時代になんてことを言うんだ」とお叱りを受けるかもしれませんね。<br />
<br />
ただ、どうせ働くのなら、あるいは、働いてもらうなら、働きがいや働く喜びに満ちた就労を目指したい。虚ろな目をしておカネのためだけに為す就労は、働く側・雇用する側双方にとってあまり望ましくはないと考えます。第４回では、今回ご紹介する予定だった高齢就労者の生の声を題材に、その点について、考察していきたいと存じます。</p>









































<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献】 </b><br />
・海上泰生（2018）「中小企業で活躍するシニア世代就業者の意識－働きがいを高める企業の対応を探る－」日本政策金融公庫『調査月報』2018年1月号<br />
・総務省（2021）「2019年全国家計構造調査所得に関する結果及び家計資産・負債に関する結果　結果の概要」総務省統計局<br />
・厚生労働省（2025）「令和５年度簡易生命表」厚生労働省<br />
・内閣府（2024）「令和6年版高齢社会白書」内閣府<br />
・内閣府(2024)『令和６年度年次経済財政報告－熱量あふれる新たな経済ステージへ－』（経済財政白書2024年版）内閣府</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><div><img src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202405/5c3d22e824e9e952a2da09ec50fece32.jpg" class="alignright" width="200">
海上 泰生 (unakami yasuo)プロフィール</div><div><br></div>早稲田大学法学部卒、中小企業信用保険公庫入庫。中小企業庁長官官房、通商産業省（現経済産業省）貿易局 課長補佐、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）パリ本部 輸出信用専門家会合委員、中小企業金融公庫 証券化支援部 上席調査役、日本公庫 総合研究所グループ長、主席研究員などを歴任。<div>併せて、埼玉大学大学院、法政大学、三重大学、日本女子大学の教員を経て、現在、横浜市立大学、立教大学の２大学の講師を兼務。</div><div>また、経済産業省  貿易保険審議会専門委員、厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」委員を経て、現在、厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6263.html</guid>
			<pubDate>Mon, 22 Dec 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>許教授の中小企業コラム　2025年11月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6240.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「中小企業と学生の交流から得られること<br />
－地域イベントのSNS広報を通じて－」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>跡見学園女子大学マネジメント学部教授　許伸江氏（中小企業論入門担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >１．就職活動における限定合理性</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>大学3年生は、就職活動に取り組み始める時期となりました。学生達は、自分がどのよう業種、企業で働けばよいのか、また希望の企業に就職できるのだろうかと悩み、不安そうな様子です。企業の側も、人材不足や人材定着の課題を抱える中、採用がうまく進むかと不安を抱えていらっしゃるケースも多いと思います。<br />
<br />
昨今の大学生の就職活動は、まずは大手就活サイトに登録、そこから業種や勤務地などの条件を選択して、選考に進みたい企業を絞っていき、その企業の説明会に参加するというのが主流です。本来は相性がベストな企業と出会えることが理想ですが、人間は限定合理性によって、そううまくはいかないため、まずはいくつかの条件で絞り込んでいきます。本来は学生とマッチするはずだったかもしれない魅力的な中小企業は、その過程で学生の選択肢から漏れてしまっている、ということがおきます。<br />
　　<br />
限定合理性とは、人間がどれほど合理的に行動しようとしても、情報・時間・認知能力などの制約によって、限られた範囲の合理性しか発揮できないことを指す概念（Simon, 1947）です。就職活動でも、自分に合った企業を選ぼうとしても、社員として働いた経験がないため「どのような基準で選べばよいのか」がわからないですし、そもそもすべての企業と接点を持つということは不可能です。その結果、「社員と雰囲気が合いそうだから」や「最初に内定をくれたから」という理由で就職先を決めてしまうという行動をとり、非合理的な決断がされることがあります。<br />
<br />
こうした制約がある中では、学生時代にどれだけ多くの経験を積んだかが判断力や認知能力に影響を与えると考えられます。例えばゼミ活動で日ごろから企業の人と交流をすることもよいでしょう。または、1，2年生などの早い時期からインターンに参加して働くイメージを掴もうとする学生も見られます。3年生になると、業界研究やOB・OG訪問、各種セミナーへの参加をすることによって、より多角的な軸から、就職先企業を選択することができるといえます。<br />
<br />
このように、個人の処理能力、費やした時間、得てきた情報量などによって、学生の制約のレベルに影響が出て、発揮できる合理性のレベルも変化するといえます。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >２．学生の地域イベント運営への参加</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>そうした制約を少しでも克服できればよいと思い、筆者のゼミでは、普段から、大学・アルバイト先・家庭という３つの居場所以外で、学生が多様な人たちと出会う機会を作っています。その中でも今回は、ゼミ活動で学生が中小企業とどのような交流をしてきたかを書きたいと思います。事例として取り上げるのはゼミ3年生が担当している、墨田区のオープンファクトリー「スミファ（すみだファクトリーめぐり）」のＳＮＳ配信です。<br />
<br />
「スミファ（すみだファクトリーめぐり）」は、一般の人が墨田区の町工場をめぐり、職人と話し、技術に触れ、ものが作られていく“現場”を肌で感じることのできるイベントです。2012年からスタートし、2025年度（11月14日・15・16日）で第13回目を迎えました。<br />
<br />
墨田区は多種多様な業種の中小企業が集積している地域で、企業同士の交流が盛んです。産業集積のメリットを最大限に生かし、小規模企業のネットワークとスピード、技術対応力によって、顧客ニーズに応える都市型のモノづくりが展開されています 。<br />
<br />
こうした墨田の特徴を示すように、スミファには金属加工、プラスチック加工、プレス加工、裁断加工、印刷、革小物製造、印章製造、ガラス製造、医療用鋏製造、ロボット開発、アパレル、布草履、デザイン、シェアスペース運営、チョコレート製造などの多様な企業が参加しており、今年は52社が参加しました。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >３．ゼミ活動としてのスミファのSNS配信の流れ</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>筆者のゼミは2019年の第8回スミファからSNS広報の担当として運営に関わっていいます。ゼミ生がスミファの参加企業を直接訪問、またはそれが難しい場合はメールでのインタビューを行い、その企業の事業内容やスミファに参加して魅せたい内容などについて情報を集めます。特に、初参加の企業にはなるべく訪問するようにしています。そして学生目線でSNS投稿の文面を考え、写真も追加して原稿を作ります。それを企業と事務局に確認してもらい、了解が得られたらSNSで配信するという流れです。来場者の目に留まりやすくするため、11月のイベント当日までにカウント・ダウン形式で、一日に数社ずつ配信しました。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202511/a5679ad432d807d0ca5b2ad3d5b0f8195cc5e1228f4ed93bed8a7236f516096a.png" alt="" width="2520" height="1600">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >４．スミファの運営に携わった学生たちの感想</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>ここでは、学生達の感想を抜粋して紹介します。中小企業研究のゼミとはいえ、普段は現場で企業の方に会う機会は限られるため、多くの学びや反省があったようです。<br />
<br />
・企業訪問でのヒアリングは、協力的な方が多く、とてもありがたかった。小規模企業ならではの社員同士や顧客との距離の近さを感じ、地域密着型企業の魅力を感じた。<br />
<br />
・一般客としては聞けない経営の裏側や今後の展開など、気になったことを直接質問できたことで、経営者の挑戦や目標を追いかける姿に刺激を受けた。また、経営者、起業家視点での物事の考え方や思考に触れて、新しい思考方式を学ぶことができた。<br />
<br />
・ものをつくる現場を見て話を聞く中で、モノづくりに対するこだわりや楽しみながら仕事をしていると感じ、職人仕事の魅力を知れた。また、取材だけでなく実際にモノづくり体験もさせてもらい、とても楽しかった。<br />
<br />
・普段、自分たちが使っているものは下請企業が作っていることを目の当たりにした。日本だけでなく、世界に誇れる企業が多いが、知名度が低いことが課題だと感じた。そのため、スミファのようなイベントも含めて企業側からの情報発信の重要性を感じた。参加企業側も、このイベントを最大の宣伝の場だと考えて力をいれていることを知った。自分たちに仕事を任せて頂いている以上、責任を果たしてイベントの成功に貢献したいと思い、頑張った。大変ではあったが、Instagramのフォロワーも増えて、達成感を味わうことができた。<br />
<br />
・地域のつながりが見えたことがとても良かった。スミファが開催される地域は、同業種の企業が多く、競争関係にあり、あまり交流が盛んではないというイメージがあった。しかし実際に企業の人に会ってみると、企業同士はもちろん、信用金庫などを交えてお互いに交流し、刺激しあい、協力して地元を盛り上げようとしている関係が見えてとても興味深かった。<br />
<br />
・スケジュール管理が難しかった。こうした配信用の投稿も初めてであったこともあり、確認や変更などへの対応に思ったより時間がかかってしまった。もっと迅速に作業を進める必要性や、報連相の重要性を学んだ。<br />
<br />
・同時に多くの会社とのやりとりや原稿のまとめといった、マルチタスクの経験がなかったため、確認が足りないことが出てきて、不備が生じた。ダブルチェックの必要性や、他のゼミ生にもっと早くに助けてもらうよう、お願いをすべきだった。自分がこれまで、人に指示を出す経験をしてこなかったことを認識し、反省した。<br />
<br />
・自分たちが行なった広報への反応が分からずに不安だったが、参加企業が参加した懇親会でいろいろな人に褒めていただき、やってよかったと思った。　</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >５.企業側のコメントから得る反省点</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>次に、スミファ参加企業が、学生の取材やＳＮＳ配信について感じたことを抜粋して紹介します。肯定的な意見としては、SNSによるPRは、ターゲット層にリーチして、実際にお客さんが来てくれたのでありがたかった、というものです。<br />
<br />
一方で「メール対応が遅かった」、「文章に間違いがあった」、「タグ付けがないとあまり意味がない」などの厳しい意見もありました。こうした指摘には、文章のダブルチェック、役割分担の工夫、タグ付けやハッシュタグ活用の提案などにより、改善を行いながら進める必要がありました。リーダーを中心に、役割分担を途中で検討しなおし、取り組みの改善を行ったものの、それでも52社とのメールのやりとりでは、遅れがでてしまったことがありました。反省点は次回に生かしていく必要があります。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >６．まとめ</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>学生がゼミ応募で筆者のゼミを希望する理由として、「学外活動を活発に行っていること」、「ボランティアに参加して地域貢献・社会貢献ができること」、「中小企業の経営者に会って学ぶ機会が得られること」などがあります。それまでの自分の学生生活を振り返り、大学・アルバイト・サークル・自宅という固定された活動範囲を越えたいという希望を強く持っているのです。特にコロナ禍で行動制限を経験した学生たちにとっては、ゼミ活動に期待するものは大きいといえるでしょう。そうしたリクエストに応える意味でも、スミファのような地域イベントへの参加は意義深いと考えています。<br />
<br />
最近の学生は社会貢献や地域貢献への関心が高い傾向にあります。就職活動をする上でも、企業のミッションや経営理念において、SDGsや社会貢献などに上辺だけではなく本気で取り組んでいるか、関心を持っています。スミファなどの地域イベントに参加する企業を見ていると、廃材を活用したワークショップを行っていたり、地域の子供たちへの教育活動に取り組んでいたり、地域社会をよくするための活動に様々なかたちで取り組んでいます。<br />
<br />
また、スミファや<a href="https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-4627.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">2022年11月号のコラム</a>で紹介したモノマチのような地域イベントの運営スタッフとしてかかわってみると、社会人たちが、職場や家庭とは違う、第三の場所として、地域の中で仲間を作り、やりがいをもって地域のために様々な活動をしている姿を見ることができます。経営者や従業員の方々が職場の外でコミュニティを作り、楽しそうに活動している姿を見せることは、社会人になることに不安を抱いている学生に、「大人って悪くないな」と期待を届けることだともいえます。地域の中小企業、地域金融機関、自治体、来場者などとのネットワークの広がりと深まりが限定合理性の制約を少しでも緩和することが期待されます。このような活動を通じて、学生の将来の選択肢に、魅力的な中小企業が入っていくことを願っています。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>【参考文献】</b><div>
Simon, H.（1947）Administrative Behavior, The Free Press（二村敏子ほか［2009］『新版 経営行動―経営組織における意思決定過程の研究』ダイヤモンド社）</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6240.html</guid>
			<pubDate>Thu, 20 Nov 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>額田准教授の中小企業コラム　2025年10月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6200.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「『関係の上の自律性』と地域産業の持続可能性」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>日本女子大学家政学部　家政経済学科　准教授　額田春華氏（経営学担当）<br />
</p>









































<!-- テキスト -->

<p>逆境に直面しながらも、私たちは地域産業の持続可能性をどのように切り拓いていくことができるでしょうか。都会でも地方でも、工業集積、商業集積、産地に関わらず、たくさんの厳しい時代を経験してきました。<br />
今回は地域産業の持続可能性の問題について、「関係の上での自律性」のキーワードから考えていきたいと思います。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >地域独自の「違い」を生み出すために人の吸引力を高めることが大事</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>他地域との競合関係の中で地域産業が競争優位を持つためには、地域独自の「違い」を生み出すことが必要になります。その「違い」を生み出すためには、資金の循環に加え、多様な人々の活発な学習と知識創造が起きる知識の循環を、地域の中でいかにうまく起こせるかが重要です。そして学習と知識創造の担い手は人です。<br />
<br />
地域再生のためには、地域がどのような人を引き寄せられるかが根源的に重要になっています。知識はカネで買える部分もありますが、カネで買える知識で勝負しようとすると、経済力のある地域にかないません。しかし、知識の価値は、知識の量ではなく、知識と知識のつながりの上にあります。知識と知識のつながり方の勝負にあたっては、経済力が高くない地域にも、たくさんのおもしろい知恵や経験を持った人たちが住んでいます。ここに、今は経済的に厳しい状況にある地域にも、再生のための大切な種が眠っています。<br />
<br />
それでは、そもそも人は、なぜその地域を生活圏として選ぶのでしょうか。近年、地方育ちの人が都会に生活圏を移動するだけでなく、都会育ちの人や、地方育ちだが都会で生活していた人が、地方に生活圏を移動することも、珍しくない時代になりました。<br />
<br />
生活圏としての場所の選択をつきつめると、その人にとって、その地域で生活し続けることが人生の幸せにつながっていると思えるか、どうかにあると考えられます。その幸せのとらえ方が、昨今の日本社会において大きく変わってきています。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >人口オーナス経済下でのこれからの地域政策</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>人口と需要の急激な伸びが経済を引っ張る人口ボーナス経済(※1)下では、地域にたくさんの資金を投入し、計画的に産業と生活のインフラを整えることよって、人をその地域に引き寄せることができました。産業と生活のインフラを地域に計画的に整備し、効率的に組織をマネジメントすることによって地域経済が成長し、雇用を生み、組織で働く中で得られる報酬や地位が、人々の生活の幸せをもたらすと考えられてきました。すなわち、図表1-1に示す「経済の発展→報酬や地位などの獲得→生活の幸せ」のロジックを人々は信じ、努力もしました。人口ボーナス経済下では、経済成長はさまざまな生活問題を引き起こしつつも、税収を福祉政策に用いることによって生活問題を緩和させ、地域は持続可能性を確保してきました。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202510/6eb9a4b0ea6553d2245c8f0088d8f948b295218e4ac322078e04931fb7016f3a.png" alt="" width="700" height="774">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>しかし、低成長の人口オーナス経済で育った若い世代は、筆者よりももっと上の世代が素朴に信じてきた図表1-1のロジックは、フォーカシング・イリュージョン(※2)にすぎないものとして信じていません。彼ら・彼女たちは上の世代が持っているロジックを信じることができず、自分の生活を守ろうとワーク・ライフ・バランスを唱えます。しかし若者は、図表1-1の代わりになるロジックを見出せているわけでもなく、自分たちの将来の幸せについて実は不安だらけのことも多いです。彼ら、彼女らは、モチベーションが低い世代なのではなく、不安にかられているだけです。報酬や地位だけでは動きませんが、彼ら彼女らが未来を感じ、不安を乗り越え、私らしく貢献してくれるようになることなしに、持続可能な地域発展はありえないと私は考えています。<br />
<br />
報酬や地位の重要性は今の時代でも変わりませんが、それだけでは人を動かせなくなったのが昨今の社会です。「生活の幸せ→人を吸引→カネを吸引(※3)・知識創造と資源蓄積→産業の発展」（図表1-2参照）を駆動してはじめて、上記のロジックにつながり、ロジックが単なる神話ではなくなり、循環するようになります。その場所を選択して生きることが、自分の幸せにつながると思う魅力を場所が持たないと、地域は今の若い世代に生活圏として選んでもらえません。<br />
<br />
そうであるなら、そもそもどうやって生活の幸せを、若い世代にイメージしてもらえる地域になれるのかを、問いたくなりますよね。学生たちを接していて地位についての考え方にはばらつきがありますが、報酬の獲得が生活の幸せの基盤になると考えているところは共通しています。若い世代は、産業の急成長を追い求めてはいないことも多いので、ユニコーン企業のような急成長を目指す必要はないのですが、規模が小さい企業であっても中程度の成長によって中程度の報酬の実現を目指すビジョンを持つことは、若い人たちを引き付けるためにやはり大事になっていると考えられます。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>&nbsp;※1 人口ボーナス期とは、従属人口指数が低い、すなわち生産年齢人口の比率が高まり、高齢者等の支えられる側の人口が少ない人口構造の状態を指す。若い労働力にあふれ人件費の面で国際競争力を持ち、早く・安く・大量に仕事をこなしながら経済成長を謳歌でき、一方で社会保障費の負担が軽く、国内の利益を投資へ潤沢にまわすことができる。
<div>一方、人口オーナス期とは、従属人口指数の高い、すなわち高齢者などの支えられる側が支える生産年齢人口に対して増大している人口構造の状態を指す。人口オーナス期を迎えると、人件費の安さで勝負することは困難になり、社会保障制度の維持の困難に直面しやすくなる。日本経済は、1994年ごろを境に従属人口指数が上昇し始め、2000年に入って人口オーナス期に移行した。（Ogawa他 , 2005: 小室, 2016）
</div><div>　重要なのは、出生率と死亡率の長期的推移がもたらす大きな人口転換は一国で一度しか起きないということで、一度人口オーナス経済に移行した国が、再び人口ボーナス経済には戻れない（Bloomほか, 2003)。人口オーナス期には、新しい発想での経済と社会の仕組みが求められる。
</div><div><br></div><div>&nbsp;※2 focusing illusion　焦点化の錯誤
</div><div><br></div><div>&nbsp;※3 ここでの「人を吸引」は、労働を提供してくれる人だけでなく、資金を提供してくれる人、知識を提供してくれる人など、多様な立場の人を指している。
</div><div>「人を吸引→カネを吸引」のつながりについて説明を加える。資金を集める方法として、急成長が期待される産業分野であれば株式市場で見られるように、投資することによる利ザヤへの期待として集める方法が重要だが、現在は停滞・縮小している産業分野で中程度の成長を目指したり、利益としては大きくなくても重要な社会的課題解決を目指して製品開発をおこなったりする場合には、カネを単純に集めようとしてもカネを集められないことを、一般財団法人ダイバシティ研究所参与の井上洋氏に教えていただいた。
</div><div>事業のビジョンと計画を示し、その事業のファンとなってくれる人をまず集めることが大事で、人がカネを運んできてくれることへの考え方の転換が重要である。「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一もそのように人を吸引することをまず大事にし、吸引できた人から広く資金を集め、さまざまな事業に投資していく基盤をつくることができたのだという。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<h3 >地域の再生・持続のカギは「関係の上での自律性」</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>地域の再生・持続をつくりだすことを昨今、上手につくり出している地域に共通しているのは、図表1-2の一番下のボックスに示した人の「関係の上での自律性」にあると考えています。<br />
<br />
自律性は、競争・自由、そしてそれとセットになる自己選択に対する責任が伴うものです。一方、関係性は、協働・互恵性・安心と関わります。自律性と関係性は本来対立しやすい概念であり、その間の矛盾をどうバランスをつくってマネジメントしていくかが重要になっています。<br />
<br />
自律性、すなわち私は自分で自分の道を考え、選び取っているという感覚は、人間の主体性の基礎です。それは人間の基本的欲求の一つであり、内発的動機付けを支えています。<br />
<br />
ここでのポイントは、完全に自由な存在としてのばらばらの個の自律性でなく、「関係の上の自律性」ということにあります。場所に存在する文脈の上で、人はモノとの関係、他者との関係を持ち、その関係に支えられた自律性の上で、競争したり協働したりしています。「関係の上での自律性」を生かして競争力のある「違い」を、人も地域もいかにつくりだすかが、持続可能な競争力を持つために重要になっています。<br />
<br />
自律性の感覚は、人の幸せの重要な構成要素の1つです。その一方で、関係性、すなわち私は他者とつながり、理解され、支え合っているという感覚も、人の幸せの重要な構成要素です(※4)。自律性と関係性は、互いに矛盾する性質を内包していますが、両者とも実は人の基本的心理欲求の柱なのです。この2つの相互浸透や組み合わせがどういう状態であると、自分は幸せだと感じるかは人それぞれですが、どちらか一方があればよいというものではなく、そのバランスが重要になっています。<br />
<br />
関係の場の上での選択なのに、人が自律性を感じられるかどうかは、場に参加するか、退出するかどうかを、他者から助言をもらったとしても、最後は自分自身が考え抜いて選んだかどうかによって決まります。それが関係の場で許されるのは、どの場に参加しても、また参加した場を退出しても、自分が生きる選択肢がなくなってしまう状況にならないための資源や能力を持つことができている場合です。<br />
<br />
かつてのムラ社会では、村八分になると自分は生きていけないと思うからこそ、村の人々が正統だと考える慣習に従って行動しました。しかし、現在は稀少な人材を、都会でも地方でも欲しく、奪い合う時代です。人々は、生活圏を選ぶ自由を持っていて、不満が積み重なると組織からも地域からも人は出ていってしまいます。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>※4 心理学者のDeci &amp; Ryan（1985, 2000）の「自己決定理論」では、「自律性」「有能感」「関係性」の3つを心理的基本欲求とし、これら3つが満たされると幸福感につながるとしている。</td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<h3 >「関係の上での自律性」が生み出す創発</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>「関係の上での自律性」をそこで生きる人が感じることのできる場所では、人は困難に直面し、簡単に進むべき道が見えない状況下でも、自分が進むべき道を、関係の上で「創発」することができます。<br />
<br />
ここでの「創発」とは、相互作用の中で部分の単純な総和を超えた新しい価値や意味が事後的に生まれることを指します。地域再生の重要な局面で、人が踏みとどまってその課題に向き合い続ける中で、事前には見えていなかった資源の間のつながりを創発的に見出し、進むべき道が目の前に見える瞬間があります。しかし、それは多くの場合、たくさんの失敗の試行錯誤の後に出会うことができる瞬間です。そこまで人が課題に向き合い続けられるために、当人が最初の段階でそもそも自己決定してその道に関わり始めたかが重要です。さらに、短期的にはその場所に踏みとどまることが非合理に見えるかもしれない状況で、人が逃げずに課題に取り組み続けることを支えるのは、関係の場に対する人の愛情・愛着です。<br />
<br />
困難な中で人が逃げずにそれに関わり続けるかどうかには、報酬や権限などの外発的報酬が約束されていなくても、それに人が関わりたいと思うからということがやはりクリティカルに効きます。外発的報酬をたくさん準備すればするほど、人のモチベーションは高くなるという単純な関係にはないということが重要です(※5)。<br />
<br />
そもそも短期的には得をしないのに、大事にしたい、関わり続けたいと思えるものがあることは、人にとってとても幸せなことですし、それに関わり続け、困難を仲間とともに解決することができたなら、さらに幸せなことです。<br />
<br />
あなたの関わっている組織や地域は、若い人たちに「関係の上での自律性」が発揮しやすい場を提供できていらっしゃいますか。振り返って考えてみていただけるとうれしいです。</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>※5 心理学では、これを「アンダーマイニング効果」と呼ぶ。例えば、Deci (1971)は、パズル課題の実験で、金銭報酬を与えられた群は、報酬がなくなると自発的な活動時間が減少することを示した。また、Lepper, Greene&amp; Nisbett (1973)は、子どもにお絵描きをさせる実験で、報酬を約束された子はその後の自発的なお絵描き時間が減ったことを示した。</td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献】</b><br />
• &nbsp; &nbsp;Bloom, D. E., Canning, D., &amp; Sevilla, J., 2003, The Demographic Dividend: A New Perspective on the Economic Consequences of Population Change, RAND Corporation.<br />
• &nbsp; &nbsp;Deci, E. L., 1971, “Effects of Externally Mediated Rewards on Intrinsic Motivation,” Journal of Personality and Social Psychology, 18(1): 105–115.<br />
• &nbsp; &nbsp;Deci, E. L., &amp; Ryan, R. M., 1985, Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior, Plenum Press.<br />
• &nbsp; &nbsp;Deci, E. L., &amp; Ryan, R. M., 2000, “The ‘What’ and ‘Why’ of Goal Pursuits: Human Needs and the Self-Determination of Behavior,” Psychological Inquiry, 11(4): 227–268.<br />
• &nbsp; &nbsp;Lepper, M. R., Greene, D., &amp; Nisbett, R. E., 1973, “Undermining Children’s Intrinsic Interest with Extrinsic Reward: A Test of the ‘Overjustification’ Hypothesis,” Journal of Personality and Social Psychology, 28(1): 129–137.<br />
• &nbsp; &nbsp;Ogawa, N., Matsukura, R., &amp; Retherford, R. D., 2005, “The Aging of Population and Its Economic Impacts in Asia,” Asian Population Studies, 1(2): 151–167.<br />
• &nbsp; &nbsp;小室淑恵, 2016, 『労働時間革命 ― 残業削減で業績向上！その仕組みが分かる』, 毎日新聞出版</p>








































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6200.html</guid>
			<pubDate>Mon, 20 Oct 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>吉原准教授の中小企業コラム　2025年9月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6147.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「陶芸家が育つまち、笠間」</h2>









































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<p>山形大学人文社会科学部准教授　　吉原　元子氏（中小企業論担当）</p>









































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<h3 >個人陶芸家を中心とした産地</h3>









































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<p>笠間焼で知られる茨城県笠間市は、栃木県益子町と並び、東日本屈指の陶磁器産地です。笠間焼には少なくとも250年の歴史があるとされます。六古窯（越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前）と呼ばれる古来の産地に比べると後発ですが、やきものの産地として独自の特色を形成してきました。<br />
　<br />
現在、笠間市周辺では約300人の陶芸家や窯元が活動しています。笠間焼は「特徴がないことが特徴」といわれるほど、これといった代表的なデザインが存在しません。陶芸家はそれぞれの個性と自由な発想にもとづいて制作をしており、そうした雰囲気に惹かれて全国から陶芸家志望者が集まっています。<br />
<br />
かつて笠間では、甕やすり鉢といった日常生活に用いられる陶器の生産が盛んでしたが、戦後の生活様式の変化により大打撃を受けました。その対策として、1950年に茨城県窯業指導所が設立されます。窯業指導所は、教育機関として笠間焼の製品転換と技術指導に注力し、伝統的な徒弟制度とは異なる体系的な研修制度を備えることで、陶芸家志望者の受け入れに大きく貢献しました。この役割は現在、茨城県立笠間陶芸大学校に引き継がれています。<br />
<br />
さらに、東京都心からの交通アクセスがよいことも、笠間の強みです。その優位を活かした代表的なイベントが、5月の大型連休に行われる「笠間の陶炎祭（ひまつり）」です。1982年に36軒の窯元が始めたこの陶器市は、現在では笠間焼協同組合が主催して200軒以上が出店し、期間中に8万人以上の来場者を集めます。出店者の多くは、笠間周辺を拠点にする個人の陶芸家です。<br />
<br />
他にも笠間では大小多くのイベントが開催されており、これらを目当てに首都圏から消費者やバイヤーが訪れ、陶芸家から直接商品を購入します。顧客が自らやってくるイベントの多さは、陶芸家志望者に独立の大きなチャンスを与えてくれます。<br />
<br />
このような背景から、笠間には多くの個人陶芸家が集まり、制作活動に取り組んでいます。美濃焼産地や有田焼産地のように、分業制で生産・販売を行う産地とは異なり、笠間は個人陶芸家を中心とした産地として存在感を放っています。</p>









































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<h3 >縮小する地場産業</h3>









































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<p>笠間の陶磁器産地を注目すべき理由のひとつは、地場産業の担い手となる人材が流入している点にあります。一般に、地場産業は高齢化や担い手不足が深刻であると考えられがちで、実際、全体として産地は縮小傾向にあるのが現状です。<br />
<br />
中小企業庁による平成27年度産地概況調査では、産地の出荷水準が低下した背景として、①国内需要全体の低迷、②ライフスタイルの変化による製品需要の変化、③競合輸入品の増加、④価格競争力の低下、があげられています。国内の長期不況による需要低迷と低価格志向の強まりに加え、輸入品との競合による価格競争に苦慮していることが出荷水準を下げる大きな原因と考えられます。また、伝統的な生活文化のもとで発展してきた地場産業製品が、現代の消費者が求める満足性や付加価値とミスマッチを起こしていることも課題として指摘されます。<br />
<br />
陶磁器もこの例外ではありません。図1に示すように、国内における陶磁器の生産数量（飲食器、台所・食卓用品、玩具・置物の合計）は、2000年に比べて2024年は4分の1以下にまで落ち込んでいます。ただし、近年は下げ止まりの兆しがみられ、地場産業において新たな動きが始まりつつあるとも推測されます。笠間は、そうした動きの最先端に位置しているのかもしれません。</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202509/40335458b013f05ad34bfb057074e16e887bde1ea43dd154c7496c57f73bfc9c.png" alt="" width="567" height="783">
</div>

































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<h3 >独立への歩みを後押し</h3>








































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<p>笠間に外部人材が流入している背景の一つに、陶芸に関する教育機関の整備があげられます。笠間陶芸大学校は、陶芸人材の育成を基本方針として、「現代陶芸をリードする陶芸家を輩出する産地」づくりと「手作りを基本に日用陶磁器を生産する産地」づくりの両面を支援する機関と位置づけられています。産地にとって即戦力となる職人の輩出を目指すと同時に、芸術的な教育にも力を入れるという、二つの方向性を併せ持つ教育機関です。<br />
<br />
卒業生の多くは、個人陶芸家としての道を歩み始めますが、卒業直後に陶芸家として独立することは、資金や実績という面からも容易ではありません。そこで笠間市では、卒業したばかりの陶芸家のタマゴたちを支援する複数の制度を整備しています。<br />
<br />
支援策の一つが、笠間陶芸修行工房（スタジオnido）です。2018年に奥田製陶所の敷地内に開設され、笠間陶芸大学校の卒業生を対象としています。作業場や焼成用窯、ギャラリー等が備えられた施設を、月額25,000円で最長3年間利用することができます。大学校の設備が使えなくなっても、途切れることなく制作活動を続けることができるため、独立を目指す人には大きなメリットがあります。</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202509/bba5438fba0180f8d009534e422ade74afe0c722bfc9ec104af5995a5ba480af.png" alt="" width="340" height="491">
</div>


































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<p>さらに、創業支援として、笠間市内で窯業を創業する人に対して、建物または土地付建物購入、電気窯やガス窯、ろくろ等の設備購入に最大50万円の補助が行われています。<br />
<br />
このように、大学校卒業から独立するまでの間に、シームレスな支援が提供されることで、陶芸家の独立を着実に後押ししていると考えられます。また、そうした先輩たちの姿を間近で見る後輩たちが、安心して同じ道を選べるようになることで、陶芸家の新規参入が続くという好循環が笠間には生まれています。</p>








































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6147.html</guid>
			<pubDate>Mon, 22 Sep 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>木村教授の中小企業コラム　2025年8月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6100.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「企業の成長とリーダーシップ<br />
　－社長の仕事は二刀流？－」</h2>









































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<p>広島修道大学商学部教授　木村 弘氏（中小企業経営論担当）<br />
</p>









































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<p>今回のコラムでは，企業の成長とリーダーシップについて考えたいと思います。変化の激しい世の中ですので，量的な成長が難しく，質的な成長を意識している方も多いのではないかと思います。ドラッカー（2006）には，「単なる肥大化は別として，成長とは成功の結果である」とあります。そして，「企業は成長することによってのみ，顧客のニーズに応えることができる」と続いています（p.88）。<br />
<br />
新しく出版された本を引用させていただいていますが，最初にこの内容が書かれたのは1954年です。古い本ですが，読んでいてハッとさせられる内容が多くあります。現代でも通用する経営の大事な部分を一緒に考えていけたらと思います。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >ドラッカーが指摘する中小企業の問題点</h3>









































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<p>ドラッカー（2006）では，企業の規模の大小はマネジメントの原則は変わらないが，マネジメントの組織構造に対して影響を与えると指摘されています。組織構造に影響するのが，規模が変化する成長です。企業の規模は，その企業が必要とするマネジメントの大きさによって規定されると書かれています（pp.55-60）。<br />
<br />
さらに，ドラッカーは中小企業の抱える問題として，以下をあげています。まず，<b>規模が小さいために必要なマネジメントをもつことができない</b>ことです。トップマネジメントには，大企業よりも，多芸で，有能であることが求められるうえ，機能別部門の専門職からの支援を得られないと書かれています。次に，何よりも大企業と異なるのは，<b>経営管理者の地位にある者に対して，十分な挑戦の機会や大きな仕事を与えられない</b>ことです。トップマネジメントが経営管理者へ要求するレベルと，経営管理者の能力のギャップが問題だということです。（p.67）<br />
<br />
問題点の議論はさらに続きます。典型的な問題として，<b>中小企業は同族であり，上席のマネジメントの地位が能力のない同族に占められる</b>ことが指摘されています。同族が悪いのではありません。ドラッカーが指摘しているのは，能力がなく，堕落した慣行が発生することを問題視しています。同族の悪い面が出ると成果が出ず，他の社員のやる気をなくすからです。最後は，<b>トップマネジメントが視野の狭さや，外部との接触が少ないハンディがある</b>ことです。時代遅れにならないように，社会的変化に気づくことが重要です。日常業務の多忙さに追われて，計画したり，考えたり，分析したりすることを忘れてはならないのです。現代でも十分に通用する内容です（pp.67-69）。</p>









































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<h3 >ドラッカーが指摘する大企業の問題点</h3>









































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<p>では，規模が大きくなるとすべて解決するのかというと，問題は単純ではないようです。ドラッカーは同時に，大企業の問題点も指摘しています。ひとつめに，<b>CEOの仕事の組織化とその範囲の決定</b>があげられています。組織が大きい分，CEOの仕事と経営管理者の仕事をきちんと決める必要があります。そして，組織が大きい分，外部よりも組織内部でのやり取りに関心が向くことに注意が必要になります。これは現代でも，よく分かる問題ですね。次に，<b>本社のスタッフ部門が肥大化して，スタッフ帝国になる</b>ことが指摘されています。スタッフ部門が現業の経営管理者に奉仕するどころか，主人になろうとして，社内にもめ事が発生してしまう問題です。中小企業でも，起きがちなことですね。（pp.69-76）<br />
<br />
こうした問題は成長ととともに発生するため，経営者はマネジメントの姿勢を変えていく必要があると，当時からドラッカーは指摘しているのです。ドラッカーは次のように論を進めています。小さな会社の創業時から帳簿係をしてきた人が，会社が大規模化した結果，経理担当役員に押し上げられたりした場合，どうマネジメントしたらいいのか分からなく，昔からの仕事にこだわったり，部下を抑圧したりすると指摘しています。トップマネジメントが抜擢人事をすると，こうした古参の人々を傷つけてしまうという，優しい気持ちが引き起こしてしまう問題でもあります（pp.80-85）。<br />
<br />
それゆえ，ドラッカーは大企業のトップマネジメントに対し，企業成長とともに新しい時間的次元に移行するよう説いています。具体的には，階層間の関係が変わり，コミュニケーションも下から上への流れを意識することや，小規模時代のように社員全員のフルネームを知っていることは自慢にならないことがあげられています。こうしたことをしている間に，トップマネジメントがすべき仕事は誰がしていたのかということです。<b>大企業になっても，昔からのやり方で，自分だけは社員と親密な関係を築いて，人間的なつながりをもち，コミュニケーションができると思ってしまう</b>と指摘されています（pp.86-87）。<br />
<br />
ドラッカーが大企業のトップマネジメントへ注意喚起している内容は，中小企業であれば，ある程度の規模まではなんとかなりそうですね。<b>ここに中小企業の強みがある</b>ことを，時代を超えて確認できます。</p>









































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<h3 >リーダーシップ論からヒントを得る</h3>









































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<p>中小企業でも，現在よりも小規模だった時と同じようにマネジメントできないと意識することが大事です。では，何に気を付けておけばいいのでしょうか。ここでは，伝統的なリーダーシップ論からヒントを得たいと思います。大きな視点なので，細かな点は管理職の皆様と議論しながら，会社ごとにフィットするように考えてください。<br />
<br />
桑田・田尾（2010）を参照しながら説明を進めます。リーダーシップ研究のなかでも，有名なオハイオ研究では，リーダー行動の主要な次元として，次の2つが明らかになっています。ひとつめは，<b>配慮</b>です。メンバーが友好的に保たれるように働きかける<b>人間関係中心</b>の行動です。メンバー相互の緊張やストレスを解消する働きをもちます。ふたつめは体制づくりです。集団目標の達成に向けて，メンバーの関心や行動をひとつの方向に統合するような仕事中心の行動です。その他，ミシガン研究といわれるものでも，現場の人々に関心を向けて福利を重視する<b>従業員志向</b>と，集団の生産性を高める<b>生産性志向</b>の2つがあげられています。しかし，その他の研究には，下図のような2つ役割を，ひとりの人間が同時に果たすのは難しいという結果もあります。桑田・田尾（2010）では「管理職研修などでは，2つの役割を果たすことが望ましいとされるが，現実には役割葛藤の関係にあるので，時間の経過とともに，2つの役割は異なる人によって分担されるようになる。仕事のできる人は，必ずしも人気者にはならないのである（p.234）」と説明されています。このように，2人のリーダーの連携が求められるという見方もあるのです。（桑田・田尾,2010,pp.232-234）。</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202508/ce89d4b470a92730453b784aaed1c51303d4c9aeaed8e963157ef8f6169adb11.png" alt="" width="1122" height="995">
</div>

































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<h3 >社長の5つの仕事</h3>








































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<p>最終的に，経営者は成長のために何に気をつけて経営すればよいのでしょうか。坂本（2020）では，社長の仕事が以下の5つにまとめられています（p.67）。</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202508/ce676c480ac2cf68c41c3b590039ac1586fd2e5a3ba921d611d76bd24354bcf6.png" alt="" width="1381" height="419">
</div>

































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<p>以上の5つです。①と②は仕事中心の内容で，③は人間関係の内容でしょうか。④と⑤は仕事も人間関係も両方とも該当するでしょうか。すっきり分けられない感じですね。とはいえ，どれも経営には必要でしょうし，社内外から信頼を得るにも重要なことです。先程の理論の考察では，2つを両立するのは困難であると議論したように，社員のみなさんを信頼して，仕事をお任せする必要がありそうです。そして，社長は両方を意識しておくしかなさそうです。流行りの言葉でいうなら二刀流でしょうか。<br />
<br />
坂本（2020）によると，経営者の仕事は売上高を高めることや，原価を下げることでも，利益を増やすことでもないそうです。これらは社員の仕事であると明記されています。経営者がこうしたことに多くの時間を費やすと，本来しなければならない，5つの仕事がおろそかになるという論理です。こうした仕事は社員を育てて，任せればよいのです。これをせずに「時間がない」と言う経営者が多いとも指摘されています。任せればよいことに時間を費やし過ぎているんですね。経営者は量的であれ質的であれ，成長に向けた仕事をしないといけないということです。</p>








































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<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献】</b><br />
［1］P.F. ドラッカー（上田惇生訳）（2006）『ドラッカーの名著集3 現代の経営［下］』<br />
ダイヤモンド社。<br />
［2］桑田耕太郎・田尾雅夫（2010）『組織論〔補訂版〕』有斐閣。<br />
［3］坂本光司（2020）『経営者のノート』あさ出版。</p>








































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6100.html</guid>
			<pubDate>Wed, 20 Aug 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>遠山教授の中小企業コラム　2025年7月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6054.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「クラフトビールが映し出すもう一つの社会 ─「つくること」の再発見」</h2>









































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<p>立教大学経済学部教授　遠山恭司氏（中小企業論担当）<br />
</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202507/4830d485e1807261f61f13dde725207743a36815918d54359022a30f0db0507a.png" alt="" width="1582" height="831">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>この10年ほどで、日本でも「クラフトビール」という言葉がすっかり定着しました。駅ビルや商店街の一角に、地元の素材を使った個性豊かなビールを出す小さな醸造所が次々と登場し、わたしたちのビール体験はずいぶんと変わりました。わたしの住む街でも、自動車修理工場の廃業跡がクラフトビールのブリューパブ（ビールを製造して食事も提供）になり、それなりに賑わっています。<br />
<br />
クラフトビールをめぐる動きは、単なる味やデザインの多様化にとどまりません。それは、不確実で不安定な現代において、わたしたちが「どう働き、どう生き、どうつながるか」を問う、もう一つの社会の兆しでもありそうです。このことが大きなスケールで先行しているアメリカを例に考えてみます（図1）。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202507/698dbc56cbad0287715ce6dca55ad1da3b8d2fffbb1b671924b02ba793daa3da.png" alt="" width="1358" height="937">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >マイクロブルワリーの大きな問い</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>一見すると、アメリカでも巨大企業の有名ブランド銘柄ビールが市場を支配している構造が長らく続いています。1980年以降、全米ビール生産量は約2億バレル程度で長らく推移していましたが、最近は減少傾向にあります（図2）。そのようななか、小規模なクラフトビール工房（マイクロブルワリー）が増加し始めたことに社会学者が着目して分析しました。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202507/24d32e2ef97322dbc028dd5160575595650a0354ef9cad3de45aa7cffb3f0082.png" alt="" width="1362" height="933">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>大企業が市場の主流を独占すればするほど、逆に「周辺ニーズ」を満たすニッチ市場が空白になります。そこに登場したのが、個性を求める消費者と、それに応えるマイクロブルワリーたちだったというのが結論でした（2000年）。つまり、クラフトビールは単なる趣味の延長ではなく、産業構造そのものの再編の中で必然的に生まれてきた存在といえそうです。<br />
<br />
クラフトとは単に手作業や古風な工芸品、ノスタルジーを意味するのではなく、大量生産やグローバル資本主義に対するもう一つの経済のあり方や、ローカルにあって人の知識や感覚に根ざした持続可能なものづくりの形態と捉え直されつつあるのです。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >新しい地域主義（ネオ・ローカリズム）</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>さらに全米で増殖するクラフトビールについて、地理学者はマイクロブルワリーが地域に根ざしたアイデンティティの構築に果たす役割に注目しました（2014年）。たとえば、地元の山や川の名前を冠したビール、郷土の伝承をラベルに描いたデザイン。こうした表現は単なるブランディングではなく、「ここにしかない価値」を再構築する実践とみなされます。<br />
<br />
それは、「ネオ・ローカリズム」と呼ばれる考え方と結びついています。つまり、グローバル経済のなかで同質化していく世界に抗い、自分たちの場所やつながりを再発見しようとする文化的運動といえます。このような働き方やライフスタイル、価値観への向き合い方は、リーマンショック後のポスト成長社会に、クラフト志向と地域が結びついた局面を描き出しています。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >協力という規範</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>都市部ではマイクロブルワリーも多く、競合するはずですが、教科書通りの市場競争原理とは様相が異なることを法学者が論じました（2019年）。シアトルの22件にもおよぶ醸造業者へのインタビュー調査から、かれらが機材を貸し借りしたり、新しいレシピを共有したり、一緒にビールイベントを開いたり「日常的に協力し合っている」事実を突き止めました。それは正式な契約などではなく、協力・信頼関係という規範にもとづき、知的所有権や商業倫理のあり方を再定義していると説いています。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202507/29e071688dc123b56f12271ef775a21249b184f233a9acc821a85dc8db628f13.png" alt="" width="2209" height="1331">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>アメリカのことわざ「a rising tide lifts all boats（潮が満ちればすべての船が浮かぶ）」という精神に根ざした、ローカルで協調的な経済文化ではないかと。</p>








































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<h3 >クラフト（つくること）の意味の再発見</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>一見すると、クラフトビール造りは職人のこだわりやユニークな味づくりに見えますが、その背後には経済構造、地域との関係、働き方、倫理、協力、共有の文化といった、多層的な意味が隠れていることを以上3つの研究は示唆しています。クラフトブルワリーは、ローカルであろうとしながら、グローバルかつポスト成長時代の観点から重要な問題提起をしている存在なのかもしれません。<br />
<br />
筆者は日本の地場産業の一部にこの「クラフト思考」の概念を応用しようと考えていますが、米国や欧州諸国の研究ではここで取り上げたクラフトビールを筆頭に、香水製造業、シェフやバーテンダー、はたまた食肉解体業や理髪師といった分野に広がりをみせています。かつてならホワイトカラー職に従事した大卒者らがブルシット・ジョブに見切りを付け、「つくること」を通じて素材や技術、知識、顧客との認知的関わりをもつことに意義を感じて参入者となっています。<br />
<br />
もし次にクラフトビールを手に取る機会があれば、その味や香りの向こうに、「つくること」への誇りや「ともに生きる」経済のヒントが込められていることを、少し思い出してみてください。最後に、わたしは下戸なので、楽しむことができません。</p>









































<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献（取り上げた順）】</b><br />
1 &nbsp; &nbsp;Glenn, C.R., &amp; Swaminathan, A. (2000) Why Microbrewery Movement? Organizational Dynamics Resource Partitioning in the U.S. Brewery Industry, American Journal of Sociology, 106(3).<br />
2 &nbsp; &nbsp;Schnell, S. M., &amp; Reese, J. F. (2014) Microbreweries, Place, and Identity in the United States, in Patterson, M., &amp; Hoalst-Pullen, N.(eds.) “Geography of Beer: Regions, Environment, and Society”, Springer.<br />
3 &nbsp; &nbsp;Said, Z. K. (2019) Craft Beer and the Rising Tide Effect: An Empirical Study of Sharing and Collaboration among Seattle’s Craft Breweries, Lewis &amp; Clark Law Review, 23(1).</p>









































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<p><b>参考資料</b><br />
参考文献2（書籍）の別の論考に、19世紀末から21世紀におよぶ全米クラフトビール醸造業者数の推移を描いた興味深いイラストがありましたので掲載します。2025年現在、その数は1万件を超えたと巷間言われています。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202507/89f19679c3d3d1690d27d8356179dc8d0892c971da342e9bda9962de4118efc7.png" alt="" width="776" height="480">
</div>

































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6054.html</guid>
			<pubDate>Tue, 22 Jul 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>弘中教授の中小企業コラム　2025年6月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6035.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >「外国人観光客の多様な食ニーズ：中小飲食店の対応」</h2>









































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<p>中京大学総合政策学部教授　弘中史子氏（国際経営論担当）</p>









































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<h3 >1. &nbsp; &nbsp;外国人観光客と飲食店</h3>








































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<div class="column-image-right js_notStyle acms-col-sm-6">
	<a href="https://www.smallsun.jp/archives/002/202506/large-184372e748471a2c0e92653e5ea8a3546904f66605096261a5a1e5b0250dae10.png" data-rel="SmartPhoto[6035]" data-caption="">
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	</a>
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<p>日本を訪れる外国人観光客が大幅に増加しています。新型コロナ感染ウイルス感染拡大危機前の2019年から2024年で約500万人も増加しました。さらに2025年はこれまでを上回るペースで伸び続けています（注1）。<br />
<br />
旅の大きな楽しみの一つが食です。和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されています。日本で楽しめるのは和食だけではありません。ラーメンやB級グルメなど、47都道府県ごとに“ご当地グルメ”が存在しますし，回転寿司や町中華などもSNSで話題のようです。<br />
<br />
そして日本の飲食産業の多くが中小企業・零細企業によって運営されています。</p>









































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<h3 >2. &nbsp; &nbsp;外国人観光客と食の多様性</h3>









































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<p>外国人観光客のなかには，食への制限がある方がいます。中でも多いのが宗教です。イスラム教徒は，ハラールとされるもの（許されたもの）だけを口にし，豚肉やアルコールを避けます。ユダヤ教徒はコーシャ（適正）に従い、豚・ウナギ・貝類などは食べません。またヒンドゥー教徒の多くは牛肉を忌避し、宗派や個人の信仰深度によっては卵・動物性油脂を含む料理を避ける完全菜食を選びます。宗教だけでなく，思想により食を制限する人もいます。代表的なのがベジタリアン（菜食主義）でしょう。<br />
<br />
そのほか，健康上の理由でそば・甲殻類・ナッツなどに重いアレルギーをもっていたり，グルテンや乳糖に耐性がない人も外国人観光客の中には少なくないのです。</p>









































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<h3 >3. &nbsp; &nbsp;日本の飲食店の現状</h3>









































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<p>日本の飲食店が，こうした外国人観光客の食へのニーズにどの程度対応しているかを把握するために，わたしたちは全国の飲食店で店舗業務に従事している人に向けて，2025年1月にオンラインでアンケート調査を実施しました（注2）。<br />
<br />
それによれば，外国人観光客が「ほとんど毎日来店する」「週に数日」があわせて46％あります。「外国人の来店が収益増加につながっている」という回答が「とてもそう思う」「ややそう思う」をあわせて46％あり市場として有望であることがうかがえます。<br />
<br />
メニューに英語表示があるという回答は43％にものぼり，メニューに対する質問に外国語で回答できるスタッフがいるという回答も33.4％ありました。人手不足で多忙な中で飲食店側がかなり努力している様子がうかがえます。</p>









































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<h3 >4. &nbsp; &nbsp;中小飲食店が今すぐはじめられる対応策とは</h3>









































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<p>ここで考えなければならないのは，一言で外国人観光客といっても，そのニーズは実に多様であるということです。たとえば，厳密に言うと宗教的な食事のルールはかなり細かいものがあります。たとえばイスラム教徒は鶏肉や牛肉を食べることができますが，イスラム法に則って屠畜された肉であることが条件になりますし，豚肉を提供する店での食事を避けたりもします。ユダヤ教徒の場合は，肉と乳製品を同時に出さないなどのルールもあります。<br />
<br />
一方で，同じ宗教でも人によって様々な考え方があるのです。日本への旅行中でも厳格にルールを守りたい人もいれば，そこまで求めない人もいます。ベジタリアンの中でも，牛肉・豚肉・鶏肉だけ避ける人もいれば，乳製品・蜂蜜・ゼラチンをすべて避ける人もいます。<br />
<br />
つまり，中小の飲食店がそれらを食に多様な食ニーズをすべて満たすのは厳しいのが現実です。ただでさえ人手不足で現状で精一杯の店舗も多いのですから，対応できる範囲には限りがでてしまいます。<br />
<br />
そこで大切なのが，「外国人観光客が自己判断できる材料を，<ruby><rb>できる範囲で</rb><rp>（</rp><rt>・・・・・・</rt><rp>）</rp></ruby>提供する」という考え方です。理想は全食材の英語表記でしょうが，中小の店舗にとっては負担が大きいでしょう。メニューの多い店舗であればなおさらです。<br />
<br />
そこで食に制約のある人が食べられないことの多い「豚肉」「牛肉」「鶏肉」「アルコール」「主要なアレルゲン」だけをマークで記載してもよいでしょう。それも難しければ，「野菜や豆腐のみを用いたメニュー」「魚介類と野菜のみのメニュー」「主要なアレルゲン主要7品目（卵・乳・小麦・えび・かに・そば・落花生）を用いていないメニュー」などを抜き出した別紙を用意してもよいかもしれません。たとえば野菜や豆腐のみを用いたメニューの場合，ベジタリアンだけでなく多くの宗教に対応可能です。<br />
<br />
責任感の強い経営者は「完璧な対応ができないのであれば対応しない」という姿勢を持つこともあるようです。しかし「できるところから」「できる範囲で」という，ゆるやかな取り組みをして，外国人観光客が選択するための情報を与えるほうが，日本の食を楽しみたい方たちにとっては親切になるのです。</p>









































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<h3 >5. &nbsp; &nbsp;日本在住者のためにも食の多様性への対応を</h3>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-center">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202506/99bd25bebe4a07607790b2279eaa4b08bce8aac1f374b87382cf4d76021d2e39.png" alt="" width="1440" height="351">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>食の多様性への対応は，実は外国人観光客のためだけに役立つのではありません。日本在住者にとっても有用です。特に食物アレルギーについては，年々その患者が増えているといわれています。また，高齢化による成人病などで食の制限がある人も増えているからです。<br />
<br />
中小の飲食店がそれぞれできる範囲で対応することによって，日本の食を外国人観光客だけでなく国内の顧客にも楽しんでもらうことができ，結果として市場も広がっていくでしょう。</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（注1）日本政府観光局の報道発表による。<div><a href="https://www.jnto.go.jp/news/_files/20250115_1615.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.jnto.go.jp/news/_files/20250115_1615.pdf</a>&nbsp;</div><div><a href="https://www.jnto.go.jp/news/press/20250416_monthly.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.jnto.go.jp/news/press/20250416_monthly.html</a>&nbsp;</div><div><br></div><div>（注2）調査期間は2025年1月6日から1月8日，回答者はマイクロミル社のモニターで，飲食店で店舗業務に従事し3ヶ月以上の経験を持つ社員・パート・アルバイトで，有効回答413件であった。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6035.html</guid>
			<pubDate>Fri, 20 Jun 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>海上講師の中小企業コラム　2025年5月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-5984.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



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<h2 >＜続＞「『人生100年時代』の罠 ― 高齢者が働く理由の虚実」</h2>









































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<p>横浜市立大学国際商学部・立教大学経済学部　兼任講師　海上泰生氏（金融論等担当）</p>









































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<h3 >はじめに</h3>









































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<p>「『相続人なき遺産』1,000億円超。10年で３倍」。先般、日本経済新聞社が最高裁判所への取材により明らかにした数字です。相続人不存在のため行き場がなく国庫に帰属することになった遺産が2023年度に合計1,015億円にのぼり、10年前に比べて3 倍に急増したとのこと。これを知った多くの人は、「え～、もったいない。使い切ればよかったのにねえ…。」と思うのが自然です。<br />
<br />
今回のコラムは、<a href="https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-5790.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">今年１月に記した弊著コラム</a>の続編に当たります。前回コラムでは、80歳時点で平均4,480万円（不動産含む。総務省調べ）という驚くほど豊かな資産を保有する我が国の現状において、高齢者世代は、なぜ「経済上の理由」を働く理由の筆頭に挙げるのか、その背景を考察しました。そこにあるのは、「老後」への過剰な不安。いわば、＜「老後」が心配なので貯蓄を取り崩してはいけない。その年の生活支出は、その年の年収で賄わなければいけない。「老後」のために貯蓄は、なるべく積み増したい＞という意識です。既に「老後」なのだから、長年働いて蓄えた成果にそろそろ手を付けてもよさそうなのに、もっともっと蓄えないと不安なのです。<br />
<br />
加えて、「人生100年時代」という罪なフレーズが、長生きリスクを過剰に煽ります。だって、100歳まで生きる人は、女性で6.4％、男性ではわずか1.4％に過ぎないのが現実です（※）。考えてみてください。1.4％って、70人中１人ですよ…。諸兄、自信ありますか？　<br />
<br />
そんな漠然とした不安が、結局使い切れずに残る資産「偶発的遺産」、すなわち冒頭の1,000億円という“行き場のない遺産”にも反映しているといえます。<br />
<br />
「経済上の理由」で働きたいと言う高齢者の中には、そうした漠然とした不安に駆られ、必要以上に保守的な行動を選んでいる方々もいるのでしょう。もし、そうした理由だけで本意でないのに働くのなら、イキイキとした積極的な人生には寄与しないかもしれません。貴重な労働力の供給元として高齢者への期待が高まるなか、高齢者の人生にとって本当に望ましい働き方とは何なのか。今回と次回（12月頃）は、その点を考察したいと思います。大きなテーマだけに、万能の解はないかもしれません。それでもやはり、実際に働いている高齢就業者の声には、何かヒントがあるはずです。<br />
（※）厚生労働省「令和５年度簡易生命表」</p>









































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<h3 >高齢就業者の働きがいとは</h3>









































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<p>年齢を重ね、自らの体力や生活環境、家族の状況などが変化した高齢者は、仕事や働きがいに対する考え方も、若い頃に比べて当然変化していると思われます。高齢者がどのような時に働きがいや喜びを感じるのか、それこそが、望ましい働き方を模索するための鍵になりそうです。<br />
<br />
そこで、ここからは、日本政策金融公庫による高齢就業者等3,090人を対象にしたアンケート調査の結果を用いて考えてみましょう。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202505/84114b1fad5e6875cc5eb9ace72b3de8c510e6755535b881743531e08877413c.png" alt="" width="1056" height="735">
</div>






































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202505/caa7894d165beecae2544513dc2393ddd7168390302181a2ebe65fa8f505a091.png" alt="" width="991" height="582">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >定年前の働きがいの減退</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>まず、定年を迎える以前に感じていたやりがい・喜びは何だったのか。それを尋ねた結果をみると、第１位は「自分の業績が給料に反映する・昇給する」でした。続いて、「会社の業績が上がる」「業務上の目標を達成する」「顧客に喜ばれる」「昇進・昇格する」「会社が社会や顧客から高く評価される」が上位に挙がっています。いわば、昇給・昇格、業績・評価の向上、目標達成という、わかりやすい“御褒美”がモチベーションになっていたことは明らかです。そこには、いわゆる“会社人間”、“サラリーマン”としての心情がはっきりと表れています。<br />
<br />
ところが、定年後になると、これが大きく変化します。定年前に第1位だった「自分の業績が給料に反映する・昇給する」の割合が大幅に（全項目で最大の減少幅で）減るとともに、「業務上の目標を達成する」「会社が社会や顧客から高く評価される」などが上位群から陥落します。なかでも「昇進・昇格する」の回答割合が10分の1程度に縮小して、最も激しく減少したのが印象的です。定年後の雇用契約下では、かんばって業績をあげても、目立った昇進や昇給にはつながらないケースが多いためでしょう。かつて企業側が与えてくれた“御褒美”は、もはや用意されないし、期待もしてないのです。</p>









































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<h3 >定年後の新たな働きがい</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>では、定年後の新たなやりがいとは何でしょうか。<br />
<br />
まず、第４位だった「顧客に喜ばれる」と、第２位だった「会社の業績があがる」が、割合こそ下げましたが、依然として上位に留まっています。昇給や昇格など自身に向けた御褒美が得られなくなっても、他者の役に立つことはできる。消費者・取引先や帰属先企業への貢献や寄与が、変わらぬモチベーションとなっています。<br />
<br />
すると、定年後は、自身のことはさておき他者のためだけに働くのかというと、もちろんそれだけではありません。アンケート結果では、新たに「自分の培った能力を活かせる」「同僚や部下から頼りにされる」が、定年後の上位に入りました。<br />
<br />
もはや会社が評価してくれないのなら、自分の中に尺度を持とう。高い給料やポストなどの即物的な見返りは得られなくなっても、培ってきた能力を再確認したり、すぐ身近な人達が頼りにしてくれるのなら、それがやりがいになるということです。“金額や数量で表される価値”から“気持ちで感じる価値”へと変化したとも言えるでしょう。<br />
<br />
以上のように、アンケート調査を分析すると、次の二つのことがわかります。それは、①定年後には、働きがいが目に見えて大きく変化すること。②その変化には、“自身の利益”から“他者の利益”へ、あるいは、“即物的な利益”から“心情的な利益”へ、と昇華するような方向性がみられることです。</p>









































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<h3 >働きがいや喜びを感じないという人も</h3>









































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<p>ただし、定年後の変化には、もう一つ大きな特徴がみられます。実は、当アンケートの設問には、既に紹介したもののほか、「家族に理解される、認められる」「社会に貢献したと思える」「自分自身で成長したと思える」「自分が納得する出来栄えの仕事ができる」などを含む16種類もの多様な選択肢を用意していました。それにもかかわらず、第１位になったのは「このなかにあてはまるものはない」という回答です。その回答割合は、３割弱にのぼります（複数回答可）。これは、いわばゼロ回答。つまり、「働きがいなんてない」という声だと受け取るしかありません。もしかしたら想定外の特殊なやりがいがあるのかもしれませんが、回答割合３割となるとそれも考えにくい。むしろ、やりがいや喜びを感じることもなく、ただ経済的な理由だけで働いている高齢者が相当数存在することを示しています。10人中３人近くがこうした状況にあるとは、まさに衝撃的です。<br />
<br />
先述したように、もし、漠然とした将来への不安に駆られ、実は不必要な保守的行動を選び、その結果、やりがいもないのに働いているとしたら、望ましい豊かな人生のために再考するべきかもしれません。どうせ働くのなら、前向きに働けるやりがいを見つけたい。雇用側の企業経営者からみても、そうしてもらった方が良いに決まっています。</p>









































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<h3 >次回、具体的なケースの考察へ</h3>









































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<p>さて、もったいぶるわけではありませんが、あいにく今回割ける分量はこれで一杯です。次回の弊著コラムでは、今回取り上げたアンケート調査よりさらに踏み込んで、高齢労働者27人を対象とする個別インタビュー調査の結果をみてみましょう。先達たちが見つけた働きがいとはなんなのか。具体的かつ生きた事例を探していきたいと思います。</p>








































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<p><b>【参考文献】 </b><br />
・海上泰生（2018）「中小企業で活躍するシニア世代就業者の意識－働きがいを高める企業の対応を探る－」日本政策金融公庫『調査月報』2018年1月号<br />
・総務省（2021）「2019年全国家計構造調査所得に関する結果及び家計資産・負債に関する結果　結果の概要」総務省統計局<br />
・厚生労働省（2025）「令和５年度簡易生命表」厚生労働省</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><div><img src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202405/5c3d22e824e9e952a2da09ec50fece32.jpg" class="alignright" width="200">
海上 泰生 (unakami yasuo)プロフィール</div><div><br></div>早稲田大学法学部卒、中小企業信用保険公庫入庫。中小企業庁長官官房、通商産業省（現経済産業省）貿易局 課長補佐、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）パリ本部 輸出信用専門家会合委員、中小企業金融公庫 証券化支援部 上席調査役、日本公庫 総合研究所グループ長、主席研究員などを歴任。<div>併せて、埼玉大学大学院、法政大学、三重大学、日本女子大学の教員を経て、現在、横浜市立大学、立教大学の２大学の講師を兼務。</div><div>また、経済産業省  貿易保険審議会専門委員、厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」委員を経て、現在、厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
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			<category>中小企業コラム</category>
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			<pubDate>Tue, 20 May 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
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