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		<title>スモールサンニュース - 中小企業コラム</title>
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		<copyright>Copyright (C) 2026 スモールサンニュース All rights reserved.</copyright>
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			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>吉原教授の中小企業コラム　2026年8月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6576.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「『雑用』と技能伝承」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>山形大学人文社会科学部教授　　吉原　元子氏（中小企業論担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<p>雑用といえば、ネガティブなイメージがあります。自分が若い頃には当たり前のようにやっていた仕事を、今の若手にもやってもらおうと思うと、「これってハラスメントになるのでは？」とものすごく気を遣います。と、少し愚痴のようになってしまいました。<br />
<br />
そもそも雑用にはどんな意味があるのでしょうか。雑用をできるだけ減らしていこうというのは昨今の流れで、当然のことです。それでも、組織の中から雑用がなくなることはありません。雑用の意味を組織論から捉え直すことで、仕事に必要な技能を伝承していくのに役立つ可能性があります。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >雑用に埋め込まれた技能の獲得</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>松本（2003）は、アパレル企業におけるデザイナーの技能形成について検討するなかで、雑用がもつ意味についても考察しています。<br />
<br />
デザインの指導は、その大部分がOJTによって行われますが、新人デザイナーは先輩の雑用を受け持つことが多く、デザインには直接関係ない仕事を任されることもあります。例えば、道具の発注、荷物の発送、電話応対、資料作成、品質管理などです。<br />
<br />
そのような雑用の中には、実際にデザインの仕事をする前に経験することで、後々役立つ技能が埋め込まれています。道具の発注をすることで先輩の使う道具の種類を知り、荷物の発送では、将来自分と取引をする取引先を知ることができます。資料のコピーでは、貴重な資料を目にする機会があるかもしれません。<br />
<br />
一見すると無意味にみえる雑用ですが、その中には、将来自分が必要とする技能が含まれていることがあります。それを意識して作業するのと、なにも意識せずにこなすのとでは、技能の獲得に相当な差が生じることが指摘されています。<br />
<br />
また、雑用への向き合い方を見ることで、新人の適性や仕事への姿勢を把握し、その後のキャリア形成を考えるうえでの手がかりを得ることもできます。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >雑用は組織に参加する手段</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>新人デザイナーにとって、雑用には、組織に参加するための手段という意味もあります。基本的技能を身に付けているとはいえ、即戦力として働けるわけではない新人が組織に受け入れられるためには、何らかの役割を担い、組織の一員として加わることが必要です。<br />
<br />
例えば、朝の掃除です。掃除という雑用をすることで、その新人は組織の一員として参加していることを認められ、組織の中心ではないにしても、その周辺に位置しながら、少しずつ技能を獲得することができます。<br />
<br />
また、雑用は、先輩とのコミュニケーションのきっかけにもなります。掃除や資料整理を行う中で自然と会話が生まれ、仕事について質問したり、アドバイスを受けたりする機会ができます。このような日常的なやりとりを通じて、技能が伝承されていきます。<br />
<br />
「なぜ新人だけが掃除をしなければならないのか」という疑問はついて回りますが、その雑用が組織への参加につながることを知れば、その意味を理解したうえで取り組めるようになるのではないかと思います。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >技能伝承の対価としての雑用</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>ここまで、新人にとっての雑用の意味をみてきました。では、先輩にとって、新人に雑用を任せることにはどのような意味があるのでしょうか。松本（2003）は興味深い考察をしていて、新人が担う雑用は、先輩にとって、自分の技能を伝承することへの「対価」として捉えることができるといいます。<br />
<br />
これまでの議論からは、組織の先輩は、意識的であれ無意識的であれ、新人が技能を獲得して組織の一員として認められるまでの間に、ある種の障壁を設けていると考えることができます。それの障壁を越えるために新人が支払う「対価」が、雑用だということです。<br />
<br />
先輩自身も、その組織の中で雑用を経験しながら、技能を形成してきました。自分たちが苦労して身に付けてきた技能を、そうした経験をしていない新人に簡単に伝えることに、抵抗を感じるのは十分にありうることです。<br />
<br />
また、デザイナーという職種に特有の事情もあります。先輩デザイナーにとって、新人デザイナーは将来的に競争相手になる存在です。自分の技能を伝えることは、場合によっては、自分の仕事が後輩に置き換えられる可能性を高めることにもなります。そう考えると、技能を伝承する代わりに、後輩には雑用を引き受けてもらうという関係が生まれることも理解できます。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >雑用を起点とした技能伝承の循環</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>以上のように、組織の中で技能が伝承されるうえで、雑用は大きな役割を果たしていると考えられます。松本（2003）が指摘するように、雑用を新人と先輩の対立点と捉えるのではなく、技能伝承を促進する接点と捉えることで、雑用は組織における相互理解やコミュニケーションを促すツールとして活用することができます。<br />
<br />
それをふまえると、「若い人に雑用をやらせない」ことは、単に新人の負担を減らすだけではなく、組織に参加する機会や、将来的に必要となる技能を身に付ける機会を失わせることにもなりかねません。<br />
<br />
ただし、ここには条件があります。それは、組織の成員の間で、新陳代謝が活発に行われていることです。いつも同じ人が雑用を担当している状態は、「対価」のやりとりがうまくいっていない可能性があります。その人が雑用を専門に担当するために雇われているのであれば別ですが、そうでなければ、いつまでたっても「若手」の立場に置かれることになってしまいます。<br />
<br />
もちろん、理不尽な仕事を一方的に押し付けるのは問題です。組織に参加し、技能を身に付け、やがて後輩に伝えていくという、その循環の中に雑用を位置付けることが重要ではないかと思います。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-6">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202608/973bdf5e4d94a25efce7084edbc2d3890932c25bca3ad7faa3ef82060a4cc371.png" alt="" width="340" height="376">
</div>




































<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（参考文献）<div>松本雄一（2003）『組織と技能−技能伝承の組織論』白桃書房</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6576.html</guid>
			<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>遠山教授の中小企業コラム　2026年7月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6544.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「トヨタ・アメリカ工場発の『現場の底力』」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>立教大学経済学部教授　遠山恭司氏（中小企業論担当）<br />
</p>









































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<p>アメリカの製造現場から、興味深い経営実践をお届けします。トヨタ自動車の北米ミシシッピ工場（TMMMS）で起きた「品質の奇跡」と、その背景にある「ハッピー・クロスチェック（Happy Cross Check）」という活動です。これは、単なる改善手法の導入ではなく、働く人々の魂を呼び覚まし、組織文化を大きく変革しうる「現場に根ざした実践」の物語です。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >どん底が一躍トップに</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>2024年10月、トヨタの全世界拠点トップが集うグローバル生産会議で一つの衝撃的なデータが共有されました。北米の車両工場群の中で、かつては品質問題に苦しんでいたミシシッピ工場が、ついに「不良率ゼロ」を達成したのです。この結果は、決して偶然の産物ではありません。ある時点を境に品質が安定し、確かな足取りから生み出された、必然の帰結でした。<br />
会議でデータを示したのは、北米トヨタをはじめ世界の工場を指導している、平岡雄二氏（TMNA Senior Vice President）です。</p>








































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<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202607/5e08a0368ffd69a92f94c9da0c188201b351df9877631967cfe4be94dc9523c1.png" alt="" width="700" height="481">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>かつて、製造現場における「不良」は、厳しい管理と改善の「鞭」によって押さえ込むものと考えられてきました。しかし、ミシシッピで起きたことはその逆です。彼らは、管理を強める代わりに、作業者の「幸福」と「発言権」を現場の真ん中に据えました。その中核を担ったのが、「ハッピー・クロスチェック」と呼ばれる活動です。</p>








































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<!-- テキスト -->

<h3 >Why Happy?</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>もともと「クロスチェック」とは、作業者同士がお互いの作業を観察し、標準作業との乖離を見つける活動を指します。しかし、北米トヨタを指導している平岡氏は、あえてこの活動に「ハッピー」という冠をつけました。<br />
<br />
その理由は明確です。「クロスチェック」という言葉は、往々にして「間違い探し」や「監視」というネガティブなニュアンスで受け取られがちです。しかし、この活動の本質は、作業者が日々の業務で抱えている「困りごと（作業のやりにくさ、違和感、気づき）」を浮き彫りにし、それを自らの手で解決する喜びを分かち合うことにあります。<br />
<br />
「会社の利益のためではなく、作業者の幸せの追求です」。このメッセージが、アメリカの現場作業者たちの心に深く刺さりました。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >沈黙する現場の5cm</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>なぜ、プロのエンジニアや熟練の班長がいても、現場から不良はなくならないのでしょうか。平岡氏は、そこに「現場の沈黙」という大きな壁があることを指摘します。<br />
<br />
世界中のどの工場でも、作業者は「難しいことをやるから給料をもらえるのだ」と考え、作業のしにくさを口にしません。例えば、部品を取る際の手の交差や、わずか5cmの部品棚のズレ。数回のトライアルでは気づかないような「小さなストレス」も、1日に何千回、何万回と繰り返せば、蓄積して大きな疲労とミスに繋がります。<br />
<br />
しかし、作業者は「これが仕事だ」と言い聞かせ、黙って「アホな作業（非効率な作業）」を続けてしまう。これを打破するのがハッピー・クロスチェックです。類似のラインや反対直（夜シフト）から「しがらみのない」パートナーを呼び、お互いの作業を観察させます。「なぜあの人はあんなに苦労して部品を取っているのか？」という素朴な疑問が、長年放置されてきた「困りごと」を可視化するのです。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202607/5137d4419bed8bb4660076555ba5f334b28ac4d4b172491842d76c6a5b35912f.png" alt="" width="700" height="764">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >動機づけの劇的な転換</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>ミシシッピ工場の成功の鍵は、発見された問題の「対策」までも作業者自身に行わせたことにあります。<br />
<br />
平岡氏がかつての赴任先（STM：トヨタのタイ・エンジン工場）で実施した際は、スピードを優先し、対策はリーダーやエンジニアなどのプロが行いました。しかし、ミシシッピでは、1週間に1工程という「引くほどゆっくりとしたペース」で、作業者が主体となって改善案を練り、サポーターの助けを借りながら自ら形にしていきました。<br />
<br />
このプロセスが、作業者のモチベーションを劇的に変えました。自分の意見が会社に聞き入れられ、改善され、最後には工場の社長に直接報告して褒められる。この「認められる体験」が、現場に爆発的なエネルギーを生んだのです。導入するやいなや、口コミやSNSで工場中に知れ渡り、さまざまな部署で自主的に活動が始まりました。<br />
<br />
「あんたがこれを導入したのか？ ありがとう、握手してくれ。これは最高だ！」 </p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202607/34ac577f491b2d9a2b6652aa4d37bf5095cb67740d77d1fcdb982578e98bed48.png" alt="" width="700" height="559">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>巨漢のアメリカ人作業者が、平岡氏に歩み寄り、感謝の握手を求める――そんな光景が複数の現場で繰り返されました。作業者はもはや「言われたことをやるだけ」ではなく、自らの職場をより良くする「主体」へと変化したのです。</p>








































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<!-- テキスト -->

<h3 >管理を超えた成果</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>興味深いことに、ミシシッピ工場は、トヨタが定める管理基準において、必ずしも最高ランク（三本柱活動のゴールド認定（注1））ではありません。しかし、実際の品質や生産性といったKPI（重要業績評価指標）では、すでにゴールドレベルを超越しています。<br />
<br />
これは、形式的な「やらされ仕事」の改善ではなく、現場が本気で、心から取り組んでいるからこそ得られる成果です。形式を整えることに汲々とする日本の工場とは対照的に、ミシシッピでは「メンバー・ファースト」の精神が、結果として最高の品質を生み出すという逆転現象が起きています。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >問われる「場」の設定</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>ハッピー・クロスチェックが私たちに問いかけるのは、「現場をどう管理するか」ではなく、「現場がいきいきと働ける場をどう設定するか」という経営の本質です。<br />
<br />
「作業者に工程のことなど分かるはずがない」という傲慢さを捨て、現場の「困りごと」に真摯に耳を傾ける。そして、改善のための「権限」と「時間」を作業者に与える。このシンプルな、しかし勇気のいる決断が、組織を、そして人の人生を変える力を持っています。<br />
<br />
ミシシッピで起きたことは、海の向こうの偶発的な事象として片付けることはできません。日本の製造現場は、すでにさまざまな世代や国内外の出身者など多様な構成メンバーで運営されています。会社に必要とされ、円滑なコミュニケーションと職場への参画、達成感などが得られなければ、定着も覚束ない状況です。<br />
事実、国内の中堅部品サプライヤーで、ハッピー・クロスチェックの試行的導入が始まっています。</p>









































<!-- テキスト -->

<p>注1：中小企業コラム2023年1月号の<a href="https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-4696.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">「トヨタの３本柱活動」</a>を参照ください。<br />
<br />
<b> 【付記】<br />
</b>本コラムの情報は、わたしが参画した共同研究チームによる北米トヨタ工場調査（2022年）、およびTMNA Senior Vice Presidentの平岡雄二氏インタビュー（2024年）、国内中堅サプライヤー調査（2026年）に基づいています。</p>








































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6544.html</guid>
			<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>弘中教授の中小企業コラム　2026年6月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6497.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「中小企業と大学生の協働：結果よりもプロセス重視で」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>中京大学総合政策学部教授　弘中史子氏（国際経営論担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >1. &nbsp; &nbsp;はじめに</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>昨年から，私は所属先の中京大学で社会連携教育センター長をつとめています。このセンターは，企業や自治体と大学が連携することで，学生に実際の社会課題に取り組む実践の場を提供するとともに，地域社会に貢献することを目的として設立されました。現在，多くの大学でこうした活動が推進されています。<br />
<br />
この1年の間に，私たちのセンターでは様々なプロジェクトを実践してきました。中でも企業との連携においては，多くの地元の中小企業にご協力いただいています。<br />
<br />
こうした取り組みを見ている中で，連携の成果，つまり結果だけではなく，そのプロセスにおいて，中小企業と学生がともに学ぶことにこそ価値があるのではないかと考えるようになりました。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >2. &nbsp; &nbsp;大学における企業との連携</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>大学と企業との連携活動について，読者のみなさまにイメージしていただくために，センターのプロジェクトの中から，私が関わっていた事例を具体的にご紹介しましょう。<br />
<br />
第一は，地元に本社をおく商社，株式会社シロキホールディングスとの連携プロジェクトです。同社は，環境配慮型の建物改修工事など様々な事業を担うシロキコーポレーションや，紙・板紙事業などを展開する株式会社シロキを傘下に持っています。活動では，同社の新規事業のアイデアを考えるチームと，事業化までのプランを考えるチームに分かれて活動を行いました。<br />
<br />
第二は，名古屋中小企業投資育成株式会社の仲介により，同社の投資先でもあるイイダ産業株式会社と中工精機株式会社にご協力いただいた事例です。イイダ産業株式会社からは，既存製品の他業界への展開可能性や，消費者向け製品のSNSマーケティングについての課題をいただきました。中工精機株式会社からは社内の健康経営を促進する手法や，同社の業務内容を一般の方々に向けわかりやすく紹介するための媒体についての課題をいただきました。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >3. &nbsp; &nbsp;企業の課題に向き合う難しさを実感</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>多くの学生は，「実践的な活動をしてみたい」「就職活動でアピールできる経験を積みたい」といった期待で連携プロジェクトに参加しています。<br />
<br />
学生が当初直面するのは，2つの壁です。第一は「企業が求めているものがよくわからない」ということです。大学のレポート課題のように，明快な問いが与えられるわけではありません。むしろ企業側は，学生に自由度を与えるために，細かな条件はつけません。学生は自分たちで課題を改めて言語化していかなければならないことに気づきます。<br />
<br />
第二は，「自分たちが思いつくようなアイデアは，すでに企業ではすべてやっている」ということです。「これだけいろいろ試しているのであれば，果たして自分たちにできることがあるのだろうか？」と懐疑的になります。そして「期限までに，自分たちは課題を解決できるのだろうか」と不安になるのです。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >4. &nbsp; &nbsp;プロセスを通じた互いの変化</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>しかし，そこから学生の熱意が高まります。まず「自分たちから積極的に企業にはたらきかけてやり取りしなければ」という気持ちになります。LINEに代表されるような即時的なチャットアプリで育った学生にとって，企業側にメールを送信するだけでも大きなチャレンジです。ましてや適切な敬語・ビジネス用語を使った文面を考えたり，迅速に返信しなければならないことに緊張感を覚えます。<br />
<br />
また，すでに企業が検討・トライしていることをふまえて，「それ以外のアイデアを考えなければ」という気持ちになります。企業が把握していない情報を集めようと，関連する企業や潜在顧客と接触し，生の声を集めようと試行錯誤することになります。<br />
<br />
一方で企業にとっても，学生とのやりとりで気づきがあるようです。まず自社の状況や課題の背景が，なかなか伝わらないことを実感します。そこで企業訪問を受け入れたり，これまでの試みについて改めて資料をまとめたり，サンプル製品を提供したりということになります。<br />
<br />
また，「自由な発想」を期待したものの，実はそれが学生にとって意外に難しいことであるという現実にも直面します。「正解がないと不安になる」「失敗をしたくない」という傾向が強い現代の大学生にとって「固定概念にとらわれない発想」というのはかなりハードルが高いことなのです。つい，生成AIに頼ってしまう学生もいます。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >5. &nbsp; &nbsp;おわりに</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>以上のように，中小企業と大学との連携活動は，課題解決の成果だけではなく，連携活動のプロセスで多くの学びがあります。<br />
<br />
学生側は「就職活動で企業にアピールできる成功体験」を得ることよりも，企業と生の交流を体験し，現実のビジネスの課題解決の難しさを実感し，さらに「自ら考えぬく」ことが財産になるでしょう。<br />
<br />
企業にとっては，大学生と接することで若手世代とのコミュニケーションを学ぶ場となったり，組織に新鮮な風を吹き込む機会となったりすることもあります。<br />
<br />
このように大学と企業との連携活動を，互いの「共育（きょういく）」の場として捉えることでより実りは多くなるでしょう。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202606/ceba7edbf4ef56142d4b325173d58767dd90fae18eada3ff96a56524780d2d49.png" alt="" width="1069" height="764">
</div>




































<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>参考リンク<div><a href="https://www.chukyo-u.ac.jp/news/2026/01/026112.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">（中京大学）現役社員と"一緒に"創る！本気の新規事業開発プロジェクトを実施</a></div><div><a href="https://www.chukyo-u.ac.jp/news/2025/09/025708.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">（中京大学）企業の課題解決案を発表　ユニークな案が評価<br></a></div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6497.html</guid>
			<pubDate>Mon, 22 Jun 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>海上講師の中小企業コラム　2026年5月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6447.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「『人生100年時代』の罠 <br />
― 高齢者が働く理由の虚実：『就労者の生の声』編」</h2>









































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<p>横浜市立大学国際商学部・立教大学経済学部　兼任講師　海上泰生氏（金融論等担当）</p>









































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<h3 >“ＳＦの世界”の図説</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>「『人生100年時代』の罠」と題して論じてきた当コラム。今回は、高齢就労者の生の声を紹介したいと思います。<br />
<br />
…と、その前に、<a href="https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6263.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">前回の当コラムシリーズVol.3</a>で、我が国における平均寿命の推移と将来推計について解説し、「『人生100年時代』は、きっとＳＦの世界なのかもしれませんね」と述べたところ、読まれた方から、直接、感想をいただきました。「とても興味深かった。何だかもう普通に100年生きるものだと思っていたけど、そんな訳ないんだね。同じように思い込んでる人達に伝えてあげたいが、文章では簡単に説明できないな。なんか一目で分かる図表ってない？」と。<br />
なるほど、言われてみれば図説したほうがいいな。ということで、さっそく作成してみました。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202605/65a5e2d353f068a033f59544b5aabe477559bce8b661e9796c11fb9518ce016d.png" alt="" width="2757" height="1684">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >「人生100年時代」が実現する時期（女性の場合）</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>「人生100年時代」が実現する時期はいつ頃か？　その解説表が図表１です。詳しい説明のうち前回コラムVol.3で済ませた部分は繰り返しませんが、前回は10年単位で大まかに計算したところを、今回作表に当たって1年単位で計算し直しましたので、前回計算結果より精緻な数値になっています。ついでに、より実現性の高い推計（Ｂ）を追加しました。<br />
<br />
この図表の推計方法は、「平均寿命が10歳伸びるのに必要な年数」を積み上げていくことです。我が国の女性の場合、平均寿命が60歳を超えたのが1950年。これが70歳を超えたのが1960年です。その間は、わずか10年間（①）。しかし、次に80歳になるまでには24年間（②）を要しました。もう一段、90歳になるまでには、実に61年間（③）を要すると、国立社会保障・人口問題研究所の公的推計は示しています。<br />
<br />
問題はこの先、平均寿命が100歳になるまでの年月ですが、あいにく公的推計はそこまでは計算していません。そこで、この表では、推計（Ａ）と推計（Ｂ）の２通りのシナリオを用意しました。左の（Ａ）では、80歳から90歳になるまでに要した61年間（③）をそのまま単純に上乗せしました。シンプルで簡単な計算ですが、実現可能性は低いといえます。より高齢になるにつれ、平均寿命の伸びる速度がどんどん鈍っていることは、既に明白だからです。<br />
<br />
そこで、右の（Ｂ）では、その速度が鈍っている傾向を考慮しました。上述した10年間（①）が24年間（②）になった、つまり2.4倍になった。また24年間（②）が61年間（③）になった、つまり2.5倍になった。その比率を適用して、平均寿命90歳が100歳になるまでには、61年間（③）×2.5倍＝152年間（④）を要すると仮定したのです。<br />
その結果は明らかで、ちょっと楽観的過ぎて実現性が薄い推計（Ａ）をもってしても、平均寿命100歳が実現するのは西暦2106年。より現実的な（Ｂ）では、どうやら2197年という来世紀末の頃に至ってしまうというお話です。<br />
<br />
女性の場合でさえ、この結果ですから、より平均寿命が短い男性はもっと遠い未来です。男性バージョンである図表２を見てみましょう。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202605/fcb5f1604bfb41814ea2822b981e207d2a05caf11f964c876f177342983941da.png" alt="" width="3106" height="2001">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >男性の場合は、遠過ぎる未来</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>実のところ、男性の場合は、国立社会保障・人口問題研究所の公的推計をもってしても、100歳どころか、“平均寿命90歳に達する時期”でさえ明示し切れてないのです。同推計は2070年までの予測として、辛うじて“平均寿命85歳に達する時期” （2057年）は示してくれています。従って、2058年以降の推計は、「平均寿命85歳が90歳に、90歳が95歳に、95歳が100歳に達するまで」というように5歳刻みで積み上げ計算していけば、その方法は、図表１と同じです。<br />
<br />
その結果、かなり楽観的な左の推計（Ａ）によっても、男性に「人生100年時代」が到来するのは、西暦2189年。これだけで十分に絶望的ですが、推計（Ｂ）に至っては、なんと2418年。こんなに遠過ぎる未来だと、もう世の中は変わってしまい、きっと何か予測できない事態が起きていることでしょう。あるいは医療の飛躍的な進歩、遺伝子レベルでの老化に抗う研究などが、もう不老長寿を実現しているかもしれません。ただ、そうしたゲームチェンジャーの出現が前提なら、「人生100年時代」とは、いよいよＳＦの世界のお話なのです（巻末注）。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >ライフプラン設計にとって「人生100年」は混乱要因</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>いかがでしょうか。やっぱり「人生100年」という想定は、健全なライフプラン設計の前提に置くべきものではありません。もし仮に、まず実現しない“100歳の自分”の生活資金を心配し、せっせと蓄財する目的だけに働いてきたとしたら…。働き甲斐が少ないなか、結果的には無用な「経済的理由」だけで働いてきたとしたら…。残りの人生において貴重な“健康寿命”（概ね平均寿命より10年ほども短い。前回コラム参照）の浪費にもなりかねません。不必要に資産を積み上げ、結局、予定外の偶発的遺産（結局使い切れずに残る資産）を残すだけなら、むしろ早い時期から趣味や家事を充実させた方が豊かな人生につながるとも言えます。<br />
<br />
しかしながら、働きがいや働く喜びに満ちた高齢者就労が実現できるのなら、もちろん言うことはありません。貴重な労働力の供給元として高齢者への期待が高まるなか、高齢者の人生にとって本当に望ましい働き方とは何なのか。個別インタビュー調査の結果、“高齢就業者の生の声”にそのヒントがありそうです。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >働く高齢者の生の声 ～ 仕事や立場の変化に伴い意欲も変化</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>そこで、ここからは、日本政策金融公庫による高齢就労者等27人を対象にした個別インタビュー調査の結果を用いて考えてみましょう。同インタビューの結果をみると、定年後は仕事に対する意欲に大きな変化がみられます。例えば、「ガツガツした働き方はもう十分かなと思いはじめた」など意欲の減退を挙げる声が多く聞かれました。その理由として、加齢を理由にする人もいれば、ポジションが変わったためだとする人もいます。同公庫が実施したアンケート調査でも「責任ある立場や仕事を任せられる」の割合は大きく減少しています。<br />
<br />
確かに、高齢者が担当する仕事は、定型的な仕事や補助業務であることも多く、はっきりと「やりがいはない」と言い切る声があるのも事実です。このことは、考察の大前提としてまず認めておかなくてはなりません。若い頃のように、自らの成長とともに地位や所得が目に見えて向上するなど、ハツラツと走り続けられるようなモチベーションが、もはや戻ってくる例は少ないでしょう。<br />
<br />
では、高齢就業者は、実際に、どのような点に新たなやりがいを見出し、生き生きと働くことができるのでしょうか。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202605/25f16ec6d668620b71a62641068431e704b77260bd157d3efa34b68353b1aa47.png" alt="" width="1434" height="958">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >キーワード（１）“自身の利益から他者の利益へ”</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>キーワードの一つは、“自身の利益から他者の利益へ”です。<br />
<br />
当シリーズコラム第１回で紹介した内閣府のデータでは、「経済的な理由」で働く高齢者が多いのは事実です。しかし、今回のインタビュー回答者のなかには、「定年前より給与水準は下がったが、金銭のためだけに働いているのではないから構わない」との声も多く聞かれました。確かに、シリーズ第１回で既述したように、高齢者世帯の意外なほど豊かな資産状況を客観的に見れば、金銭の獲得だけを第一優先にしなくてもいいのです。<br />
<br />
特に、周囲の役に立ちたいという高齢就業者が多く、総じて、「自分の能力を活かして、少しでも会社や周囲のためになれば嬉しい」という趣旨の、他者に寄与する喜びを掲げる声が目立ちます。<br />
<br />
例えば、トラックの運行管理の指導役に就く64歳男性就業者は、若いドライバーから頼りにされることが喜びだと言い、小売業で接客の仕事に携わる63歳男性就業者や67歳女性就業者では、年を重ねたからできる優しい気遣いをして客から感謝されることが嬉しいと話しています（図表３）。<br />
<br />
もちろん、こうした点にやりがいや喜びを感じるかどうかは、本人の性格や考え方次第ですが、後輩・顧客・雇用主をはじめ周囲の人々と、積極的に言葉を交わせ、その寄与や貢献度を自覚できる機会があるか否かも鍵になります。本人も周囲の者も、そうした機会を自ら見出したり、意図的に創出したりすることが肝要です。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >キーワード（２）“即物的な利益から心情的な利益へ”</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>もう一つのキーワードは、“即物的な利益から心情的な利益へ”です。<br />
<br />
高齢者の就業では、補助的業務の担当が多く、働く意欲が減退したとの声を既に紹介しましたが、逆に、給与が下がっても、自前の知識や技術を活かせる機会に恵まれた高齢就業者の満足度は高いのです。自分の存在価値が明確に示せるし、実感できるからでしょう。上述のアンケート調査でも「自分の培ってきた能力を活かせる」が定年後の働きがいの上位に位置しています。<br />
<br />
この場合、従来の職場で引き続き能力を活かす例が多いですが、培ってきた能力を請われて他社で活躍するケースもあります。例えば、自動車事業の業務システムに精通した66歳男性就業者は、そうしたシステムが未整備だった不動産業者に転職し、その構築に携わり活躍しました。<br />
<br />
このように、長年培ってきた能力を活かせること、自らの強みがまだ十分通用すること、さらに、それによって周囲に貢献し、存在価値を示せることが、高齢就業者の働きがいに直結することは、明らかなのです。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >仕事があること自体にも心情的な喜び</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>また、仕事があること自体を幸せと感じる高齢就業者もいます。働く場があり社会に参加できるだけで、自分は恵まれていると考える人が少なくないのです。相対的に就業機会が豊富な若年層には少ない、高齢者特有の働きがいの感じ方と言えましょう。<br />
<br />
若年層と異なり、高齢を理由になかなか職に就けない周囲の状況を見聞きしていることから、給与水準や仕事内容に関わらず、日々の仕事があり、自分の居場所があること自体を幸せと感じるのかもしれません。<br />
<br />
例えば、スーパーの支店開設を機に採用され、仕事に就けたこと自体が喜びだとする63歳店員の例や、勤務先のメーカーに継続雇用の声を掛けられてうれしく思い、生産ライン従事者としてやれることを精一杯やろうと、思いを新たにした71歳工員の例があります。<br />
<br />
このように、働く場があり社会に参加できるだけで、自分は幸せと心情的な喜びを感じる。高齢になるほどその傾向は強いようです。こうした方々は、そもそも働く事情に「経済的理由」を挙げてはいません。働くことそのものが報酬となる、まさに“勤労の喜び”であり、年齢を重ねたからこそ此処に至る、ある種の境地かもしれませんね。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >結び：働きがいと喜びのある高齢者就労へ</h3>









































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<p>伝統的な労働経済学の下では、「労働」は、「賃金」という“代金”を受け取るために、労働者が差し出す“商品”です。経済的な見返りさえあれば、「働きがい」とか「喜び」などは考慮しません。しかし、現実社会では、働きがいや喜びはとても大切です。<br />
<br />
とくに、高齢者の就労では、昇給・昇格などのわかりやすい御褒美が期待できないなか、若年層とは異なる心情的な喜びが支えになることがわかりました。そもそも、若年者に比べて残り少ない貴重な時間を、経済的な見返りだけで差し出すのはなんとも惜しいと言えます。どうせ働くのなら、働きがいや喜びに満ちた就労を目指したい。すなわち、周囲に貢献して感謝され、自らの存在価値を実感し、社会との関わりを保ち続ける働き方。高齢就労者の生の声からは、そうした要素の大切さが読み取れます。<br />
<br />
企業側も政策側も、そうした観点から高齢者就労を促すべきでしょう。例えば、高齢者による寄与や貢献度の見える化、若年層や経営層との接触機会の拡大、培ってきた技術や経験を伝承する重要性の啓蒙、社会参加を継続しやすい環境の構築などを図ることが肝要なのです。</p>









































<!-- テキスト -->

<p><br />
（巻末注）以前にも解説しましたが、平均寿命とは別に、「寿命中位数」（出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数）という概念があります。要するに、同い年のなかで50％がなんとか生き残っている年齢です（2024年では、男性83.9歳、女性90.0歳）。過去50 年間では、平均寿命に概ね3 歳を加えたくらいの年齢になっています。従って、寿命中位数ベースで考えるとしたら、平均寿命が97歳に達した頃くらいに「人生100 年時代」が実現するでしょう。やはり遠い未来ですが…。<br />
【参考文献】<br />
・海上泰生（2018）「中小企業で活躍するシニア世代就業者の意識－働きがいを高める企業の対応を探る－」日本政策金融公庫『調査月報』2018年1月号<br />
・海上泰生（2024）「「人生100年時代」の罠 ～ 高齢者が働く理由の虚実」大原記念労働科学研究所『労働の科学』2024年12月号<br />
・総務省（2021）「2019年全国家計構造調査所得に関する結果及び家計資産・負債に関する結果　結果の概要」総務省統計局<br />
・厚生労働省（2025）「令和５年度簡易生命表」厚生労働省<br />
・内閣府（2024）「令和6年版高齢社会白書」内閣府<br />
・内閣府(2024)『令和６年度年次経済財政報告－熱量あふれる新たな経済ステージへ－』（経済財政白書2024年版）内閣府</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><div><img src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202405/5c3d22e824e9e952a2da09ec50fece32.jpg" class="alignright" width="200">
海上 泰生 (unakami yasuo)プロフィール</div><div><br></div>早稲田大学法学部卒、中小企業信用保険公庫入庫。中小企業庁長官官房、通商産業省（現経済産業省）貿易局 課長補佐、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）パリ本部 輸出信用専門家会合委員、中小企業金融公庫 証券化支援部 上席調査役、日本公庫 総合研究所グループ長、主席研究員などを歴任。<div>併せて、埼玉大学大学院、法政大学、三重大学、日本女子大学の教員を経て、現在、横浜市立大学、立教大学の２大学の講師を兼務。</div><div>また、経済産業省  貿易保険審議会専門委員、厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」委員を経て、現在、厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6447.html</guid>
			<pubDate>Wed, 20 May 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>木村教授の中小企業コラム　2026年4月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6405.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「経営における経験・勘などの意義<br />
－ミンツバーグのアート・クラフト・サイエンスから考える経営のヒント－」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>広島修道大学商学部教授　木村 弘氏（中小企業経営論担当）<br />
</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >１．はじめに</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>新しい年度が始まりました。皆様にとって，よい年度になるように祈念しております。今回のコラムでは，人間力をフルに活用する興味深い見方・考え方を紹介したいと思います。参考にするのは，ミンツバーグ（2024）『ミンツバーグの組織論－7つの類型と力学，そしてその先へ』（ダイヤモンド社）です。組織理論の中では，かなり実践的な面を考慮した内容なので，少しだけ辛抱して読んでもらえたらと思います。<br />
<br />
中小企業はKKD〔経験・勘・度胸〕に基づく経営だと，良くも悪くも言われてきたと思います。経営者の強いリーダーシップ，小回りの利く経営など，良い面で使用される場合はいいのですが，マイナス面を指摘しているものもあります。中小企業の関係者が自虐的に言ったりすることも多いかなと思います。<br />
<br />
私も若い頃，インタビュー調査などで，経営者の方からKKD経営のエピソードを聴いたとき，一緒に苦笑いをしたものです。こちらは文献研究に基づいたインタビュー調査をしていた時に，「いや，経験で決めたよ」とか「直観（直感）よ」と言われることがありました。とはいえ，お話を聴いていると，ものづくり企業であれば，技術は数値を重視していたり，工具は定位置管理をしていたり，数がすぐに見てわかるように在庫の置き方に工夫している企業も多くあった記憶があります。どんぶり勘定や放漫経営，勘ばかりに頼った経営が良くないのは周知のとおりですが，経験から生み出される勘などは，本来，年齢を重ねた人間にとって財産であり，強みでもあります。<br />
<br />
今回は海外の組織研究で著名なミンツバーグ（2024）の内容を紹介し，経験，勘，度胸などの意義（意味）を皆さんなりに考えて欲しいと思っています。以下，<b><u>アート・クラフト・サイエンスという3つのキーワードから，経営のヒントを考えたい</u></b>と思います。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202604/7aa50ae37a74369f00afdeb6994c2786f1da2ed924ccba71c2fc8f87105607ad.png" alt="" width="1034" height="354">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >２．アート・クラフト・サイエンス</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>昔から「経営はアートかサイエンスか」という議論はなされてきました。どちらも経営には重要なキーワードで，そのバランスといいますか，情況によって経験やデータを使い分けることが大事です。ミンツバーグ（2024）の第3章に<b><u>アート・クラフト・サイエンス</u></b>が詳しく書かれています。このコラムでは，概要を簡潔に紹介するにとどめます。自分はどのスタイルか分析する内容もあります（pp.45-48）。興味を持った方はぜひ本を読んでください。<br />
<br />
まず，<b><u>アート</u></b>です。アートは洞察力とビジョンと直感に基づくものです。アイデアが土台になります。大事ですね。次に<b><u>クラフト</u></b>です。クラフトは実務的で現実的で関与重視の性格が強くて，経験が土台になります。これも大事ですね。最後が<b><u>サイエンス</u></b>です。サイエンスは事実と分析を重んじて，エビデンスが土台になります（p.45）。3つ全てが大事ですね。</p>








































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		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202604/956b1a5a429455609a0cf62b1c627b22b1573047c860b6258b7c4d3d9fd52ad2.png" alt="" width="915" height="347">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >３．経営活動への応用</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>ミンツバーグの良いところは，<b><u>アート・クラフト・サイエンス</u></b>が実際の経営にどのような役割を果たしているのかを，より実践的に書いているところです。以下，これら3つが<b><u>意思決定，戦略形成，マネジメント</u></b>において，どのような役割を担っているのかを，順番に紹介していきます。自社の経営の参考にしてください。<br />
<br />
<b>（１）意思決定における役割について</b><br />
ミンツバーグ（2024）は，人によって意思決定の特性が異なると説明しています。アート志向の人は<b><u>「見ること」</u></b>から，クラフト志向の人は<b><u>「行動すること」</u></b>から，そしてサイエンス志向の人は<b><u>「考えること」</u></b>から，意思決定を始めやすいと指摘しています。採用面接において第一印象で決まる場合などが，アート志向の意思決定です。新規の仕事をとりあえず実行しようという場合が，クラフト志向の意思決定です。データに基づいて，考え抜いて決断するのがサイエンス志向の意思決定です。どれも現実的な例です。<br />
<br />
ミンツバーグはさらに，私たちは<b><u>行動してから考えることが多いこと，うまくいくやり方が見つかるまで試し続けること</u></b>を指摘しています（pp.48-49）。まずは行動して考えてみるというのは，私たちにとって納得のいく説明です。<br />
<br />
<b>（２）戦略形成における役割について</b><br />
本では，戦略形成を<b><u>「クラフトとアート，そして少しのサイエンス」</u></b>と表現しています（p.50）。実際に戦略をつくる際には，実践的なものが重要になるようです。サイエンスをふりかざしても，現場ではうまくいかないことを考えると，納得のいく考え方です。<br />
<br />
さらにミンツバーグは，<b><u>戦略を未来に向けて「意図するもの」と位置づける言葉</u></b>と説明しています。ですが，実際に経営にあたる人たちは，<b><u>あとから振り返って「実現されたもの」として戦略を語る</u></b>とも論じています。理屈の上では，戦略を未来に向けた計画として見ていますが，実際は<b><u>過去に起きたことのパターンや，その組織が実行してきたことの規則性として戦略を見ている</u></b>のです。実際は計画がうまくいかず，行動を積み重ねながら戦略を見出していることが多いということです（pp.50-51）。<br />
<br />
ミンツバーグは戦略の類型化もしています。サイエンス志向は考えることを土台とする「計画モデル」，アート志向は見ることに土台とする「構想モデル」，クラフト志向は行動することを土台とする「冒険モデル」と「学習モデル」の4種類です。コラムではすべてを説明できないので，興味を持った方は本を読んでみてください（pp.53-55）。<br />
<br />
<b>（３）マネジメントにおける役割について</b><br />
本では，マネジメントを<b><u>「クラフトに，アート，そして少量のサイエンス」</u></b>と表現しています（p.55）。ここでもサイエンスは少しでいいようです。データばかりではマネジメントはうまくいかないようです。ミンツバーグは<b><u>組織で起こる避けられないジレンマ（板ばさみ状態）</u></b>があることを前提として，マネジメントを次のようにまとめています。</p>









































<!-- テキスト -->

<div class="entry-container"><blockquote>「マネジメントとは，何本ものさまざまなロープの上を同時に歩く，多次元の綱渡りだ。その綱渡りをおこなう際は，正しくバランスを取らなくてはならない。それも，絶えず変化する動的なバランスを取ることが求められる。」（pp.61-62）</blockquote></div>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-6">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202604/df47e5cc8d667053573f0fb49519703b57460ab9264c35cb496b88920a8d0a07.png" alt="" width="340" height="321">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>実は<b><u>ジレンマに向き合うことがマネジメント</u></b>に他なりません。本質をずばりと言い当てています。イラストでは綱が一本ですが，読者によって<b><u>本数を増やしたイメージをしてください</u></b>。経営にあたる人々は，計画，組織づくり，調整，コントロールをすることが仕事だと言われてきました。しかし，ミンツバーグは次のようにマネジメントをとらえています。<b><u>マネジメントは実践の行為であり，専門技術でもなければサイエンスでもなく，経験を通じて学習されるものであり，それゆえクラフトの性格が最も強く，アートの部分も活用している場合がある</u></b>のです。サイエンスも大切ですが，医学や工学などには遠く及ばす，<b><u>数値計測への過度な偏重に気をつける</u></b>ことが指摘されています（p.55）。</p>








































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<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202604/fc5847c03f8f751bad2b71f32807dde533d1cd08bfcfb0eae5d62d54cdf4cedc.png" alt="" width="1017" height="439">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >４．人間力を頼りにした経営</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>アート・クラフト・サイエンスを見た結果，<b><u>3つのバランス感覚が大切</u></b>なことが分かりました。思ったよりもKKDに関連があると考えられる内容でした。KKDも，事実や現象，経験を自分なりに解釈することを大切にしたやり方ですから，自分なりの社会科学（サイエンス）を追究している面もあると考えられます。他人に意思決定のプロセスを説明する際，ミンツバーグのアート・クラフト・サイエンスを用いて丁寧に説明を行うと，KKDの良い面の価値も再認識されるかもしれません。KKDの負の側面である，思いつき経営や放漫経営ではないことを知ってもらうことが大事ですね。表向きは「ミンツバーグのような理論を参考にして組織づくりをしています」と言っていても，結局のところ，人間力を頼りにしたKKDの要因を根底から完全に捨て去ることは難しそうです。<br />
<br />
今回のコラムで書き切れなかった<b><u>組織で起こる避けられないジレンマ</u></b>については，機会を改めて紹介したいと思います。今回もお付き合いをいただき，ありがとうございました。</p>









































<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献】</b><br />
［1］ヘンリー・ミンツバーグ著，池村千秋訳（2024）『ミンツバーグの組織論－7つの類型と力学，そしてその先へ』ダイヤモンド社。</p>








































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6405.html</guid>
			<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>額田准教授の中小企業コラム　2026年3月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6373.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「農を起点にやわらかく、そして着実に世界を変えていく経営戦略」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>日本女子大学家政学部　家政経済学科　准教授　額田春華氏（経営学担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<p>強国のリーダーが自己の信じる正義のみを正しいと信じて、力づくで世界を変えていこうとする行動が、次々と起きていく世界情勢に心を痛めています。<br />
経営学の経営戦略論は、理不尽なこと、悲しいこともしばしば起きる世界の中で、幸せな未来へと世界を一歩、変えていくための力ももった学問領域です。今回は、農を起点にやわらかく、そして着実に世界を変える行動を起こされている<b>鴨志田農園(東京都三鷹市)</b>を事例とし、経営戦略とは何かについて考えていきたいと思います。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >経営戦略論の本質とは</h3>









































<!-- テキスト -->

<p><u>経営戦略とは、組織の人々が共に実現を目指す将来像と、それを達成するための道筋のこと</u>を指します。目標とする将来像が、金持ちになることであれば、経営戦略論はそれを可能にすることを助けますが、もし目標とする将来像が、人々が幸せに生きる世界の実現であれば、そのような世界への前進を助けます。<br />
要は、「働く」ということを通してどんな将来像をあなたが実現したいのかという、目的次第です。<br />
経営戦略論を、単にいろいろな分析ツールを覚えるというレベルでなく、<u>その分析ツールのもとにある思考を深く勉強すると、困難に直面したときに、広い視野で冷静に状況を分析し、冷徹な市場経済の原理や、地域の社会構造や慣習に単純に従属せず、主体的に進むべき道を切り拓いていくことを助けてくれます。</u><br />
企業経営において、マーケティング論は基本さえ押さえておけば、外部のマーケティングの専門人材を上手に活用することにより、よい経営をしていくことは可能です。<br />
一方で、小規模の町工場でも商店でも農家さんでも、そして社会的企業でも、経営者が、経営戦略を外部に依存してしまうと、まちがいなく経営がとても不安定になります。<br />
<u>経営者が、自分の頭と心で懸命に考え、一番、責任を持たなければならないことは、経営戦略を設定し、それを組織メンバーにしっかり共有し、さらに実践プロセスで見えてくる必要な修正を加えていくことにあります。</u><br />
<br />
経営戦略論の最重要のエッセンスをあげると、次の3つです。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>①　競争相手との間に「違い」をつくる。
</b><div><b>②　価値は、顧客起点で考え、顧客と共創して生み出す。
</b></div><div><b>③　経営環境を広く柔軟な視野でとらえ、その環境に受け身で従うのでなく、環境を変える。または、環境を逆転の発想でとらえる。</b></div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<p>第１は、競争相手との間に「違い」をつくるということです。競争相手と同じような情報の蓄積のもとで同じような製品やサービスを提供すると、激烈な価格競争になります。よい「違い」であるための条件は、つくる側の独りよがりの「違い」ではだめで、顧客が「価値」を見出してくれ、かつ、競争相手が簡単にまねできないものであるということです。<br />
<br />
第2は、顧客が製品やサービスを利用する現場をよく観察し、情報を収集して、顧客が何に困っているのか、何を大切にしているのか等をつかみ、顧客起点で価値創出を考えることが大切です。特に、顧客自身も意識していない未知のニーズを探るためには、顧客との関係を形成し、顧客と情報・感情を交換しながら共に新しい価値を創造することが、昨今ではますます重要になっています。<br />
<br />
第3は、自社を取り巻く経営環境を、広く柔軟な視野でとらえることです。自社の苦境の理由を、単純に「人が足りない」「仕事が少ない」「国が悪い」などと片付けるではなく、「自社と経営環境のどこを変えられるか」の発想で、苦境の原因を考えることが重要です。ものの見方が変わると、思わぬところに、環境を変えられるポイントが転がっていたりします。<br />
<br />
以上3点が、経営戦略論の最重要のポイントですが、農の世界でこれらの3点をしっかり押さえるだけでなく、さらに社会や地域の課題を解決することに貢献する上で大切になることについてもヒントを与えてくれる、鴨志田農園の事例を、今回はご紹介したいと思い</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >三鷹市と鴨志田農園の概要</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>鴨志田農園は、東京都三鷹市に立地します。三鷹市は、東京都多摩地域の東端にあり、23区の杉並区や世田谷区と接する人口約19万人の都市です。井の頭恩賜公園や玉川上水などの豊かな緑とともに、里山の農の風景が住宅街の中に残っています。そのような風景を愛して、宮崎駿監督が、三鷹の森ジブリ美術館の場所として、この地を選んだと言われています。<br />
東京都では都心部に向かうほど緑が減少し、西に向かうほど緑が増加しますが、三鷹市はその境界に位置し、ＪＲ中央線を利用すれば新宿駅から三鷹駅まで15分という交通至便な立地でありながら、人々の日常の風景に、緑や農地があります。<br />
<br />
鴨志田農園は、ＪＲ三鷹駅からバス＋徒歩にて10分でアクセスできる場所にあります。鴨志田純（かもしだ・じゅん）さんは、鴨志田農園の6代目の園主です。<br />
<br />
13才のときに青少年赤十字海外派遣プログラムに参加し、ラオスで発展途上国の現状に触れたことをきっかけとして教員を目指し、高校の数学の教員になりました。2014年に父親がくも膜下出血により急逝し、数学教師と農園運営の両立がスタートしました。「完熟堆肥」との出会いをきっかけに、堆肥の可能性を追及しながら2018年より専業農家となりました(i)。<br />
「どういう野菜をつくるかは、どういう社会をつくるかと同じだ」と語る鴨志田さんは、合理的で継続性のある農業を実践しながら、場所ごとの特徴を活かした完熟堆肥づくりにて、地域が元気になることをお手伝いするコンサルティング活動等にも力を入れています(ii)。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >農の世界を取り巻く環境変化</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>日本の都市農業は長い間、都市化の進展とともに縮小していく産業とみなされてきました。特に都市計画制度の下では、市街化区域の農地は宅地化を前提とする土地として扱われ、農業継続には制度的な制約も多い状況でした (iii)。<br />
しかし2000年代に入ると、都市農業を取り巻く評価は大きく変化するようになります。都市農地は単なる地域住民に農産物を供給する場所ではなく、緑地としての環境機能、防災空間、食育や地域コミュニティの拠点など、多様な価値を持つことが再認識されるようになっていきます(iv)。<br />
このような社会的評価の変化を背景に、2015年には都市農業振興基本法が制定され、都市農業は「都市にあるべきもの」として政策的にも位置づけられるようになりました。さらに生産緑地制度の見直しなどにより、都市農地の保全と活用を前提とした新しい制度環境が整うようになりました。<br />
同時に、都市住民の食や環境に対する価値観も変化していきています。地産地消、有機農業、農業体験、CSA（Community Supported Agriculture:地域支援型農業）など、食と地域社会を結びつける新しい取り組みへの関心が高まり(v)、日本にも広がってきました。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >鴨志田農園が「違い」を生み出しているポイント</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>鴨志田さんが運営する農園は、面積2,800㎡の小規模農地でありながら、平均的な農園の売上の2.5倍を達成しています。他の農家さんとの間にどのような「違い」をつくっているのでしょうか。<br />
鴨志田農園の「違い」を生み出しているポイントは、次の4つに整理できます。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>１　自家製完熟堆肥と農地の立体的利用</b><div><b>２　サーキュラーエコノミーCSAの地域循環の仕組みを構築</b></div><div><b>３　教育と社会実験の場としての農園の運営</b></div><div><b>４　「堆肥のテロワール」にて他地域活性化のコンサルティング</b></div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<p>　第1のポイントは、自家製完熟堆肥づくりと農地の立体的利用です。<br />
地域の20-30㎞圏内の未利用資源（落ち葉、もみ殻、米ぬか）、関東ローム層の赤土、建設残土等を利用した堆肥作りに取り組んでおり、<u>肥料自給率ほぼ100％</u>を達成しています。そのことが、化学肥料不要によるコスト削減を実現しているだけでなく、良質な肥料を用いることで、野菜に含まれる水質を変え、美味しい野菜づくりを可能にしています。<br />
　また、畝1つに野菜1種類という従来の方法ではなく、4種類の野菜（例えば、リーフレタス2種類、フェンネル、地下の里いも）を立体的に栽培し、時間をずらして収穫していくことにより、高い収穫効率を実現しています。<br />
<br />
　第2は、各家庭に設置してもらう生ごみコンポストを利用した完熟堆肥にて育てた野菜のサブスクをおこなう、サーキュラーエコノミーCSAをおこなっています。<br />
　CSAとは、生産者と消費者が対等な関係性の上で、農産物の生産と消費を共同で支える仕組みのことを指します。消費者が農家に対して定額の会費をあらかじめ支払い、その対価として収穫された農産物を定期的に受け取るとともに、農業のリスクや成果を共有する仕組みです。CSAでは単なる売買関係ではなく、農業生産を地域社会で支える関係性が重視される点に特徴があります(vi)。<br />
　鴨志田農園のサブスクは、CSAの中でも、完熟堆肥づくりのプロセスに消費者にも参加してもらうサーキュラーエコノミーを取り入れたCSAであることが独自の特徴です。（図1参照）<br />
　各家庭に届けられた材料を用いてDIYでコンポストを組み立ててもらい、完熟堆肥づくりの第1処理を各家庭で担ってもらっています。災害時には、コンポストトイレとして転用できる特別設計になっています。このことにより、「フェーズフリーの防災」への貢献も目指されています。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202603/6f36f6641a6d3680033afbfd4e590e26d7bfa8ad957607e161f07392e8f4a7c5.png" alt="" width="2386" height="1544">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>第3として、数学の高校教員だった経験を生かしながら、農園を「教育・社会実験の場」として運営しています。<br />
鴨志田さんは、2023年から2年間、福島大学大学院の食農科学研究科で、アグロエコロジー（農業生態学）のプログラムを学びましたが、農園の一部に不耕起草生栽培を取り入れ、同じ品種で耕起・不耕起を比較したり、堆肥化プロセスで発生する温室効果ガスの発生状況を測定したりする研究を、大学と連携しながら進めています。<br />
また、11年間にわたり、堆肥づくりや野菜栽培を学ぶ農業教育のプログラムを実施し、鹿児島から北海道まで各地から受講者が訪れ、80名の修了生を生んでいます。その中の1人、武藤さんは、NPO法人「くにたち農園の会」の理事長として、「都市農業 × 子育て × 地域コミュニティ」のコンセプトでがんばっています。この「くにたち農園の会」では、重要な社会問題となっている不登校生徒を受け入れ、農体験を生かしたフリースクールも実施しています。<br />
<br />
第4として、地域の未利用資源のポテンシャル・マップを作成しながら、それぞれの地域独自の完熟堆肥づくりを目指す「堆肥のテロワール」概念を提示し、それに基づいて地域活性化のコンサルティングを手がけています。<br />
例えば、2020年から開始した熊本県小国町での「黒川温泉一帯コンポストプロジェクト」では、景観をかたちづくる樹々の落ち葉と、おもてなし文化による食べ残しが地域課題となっていたので、落ち葉と食べ残しを活用して完熟堆肥をつくりました 。それを用いて栽培された食材を旅館に提供し、さらには、完熟堆肥を利用して栽培されたトマトを絞った“南小国産トマト”のクラフトジュース “yoin”という人気商品も誕生しています(viii)。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >やわらかくそして着実に、私たちは世界を一歩、変えられる</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>鴨志田さんが提示する経営戦略の特徴は、<u>消費者や地域との関係づくりを大事にし、忙しい現代社会に生きる生活者に、あえて「手間や労力がかかる」ゆっくりとした時間の流れと、地域循環の価値共創への参画機会を提供しているところ</u>にあります。<br />
お話しているととてもほっとさせられる鴨志田さんですが、鴨志田さんは、農を起点に、着実に、私たちが生きる社会を変える実績を積み重ねてきていらっしゃっています。その秘訣として筆者がお聞きした社会変革のコツは、次の2点です。<br />
<br />
第1に、<u>「ものごとを二項対立的にとらえない」</u>ということです。例えば、農法の選択にあたって、「耕起栽培か　vs.　不耕起栽培か」、また「有機農業か　vs.　慣行農業か」というような二元論で争うのではなく、それらの中間にさまざまなグラデーションがあり、理論と実践の循環の積み重ねの中で、その場所に一番ふさわしいあり方を、鴨志田さんは実験しながら見いだしていくことを、大切にしています。<br />
農業の世界は、農法の議論がイデオロギー化しやすく、中間的な考え方を持つ方が圧倒的に少ないことが課題となっているそうです。グラデーションを理解する人たちを増やすことが、軋轢や対立を避けながらの社会的移行を円滑にするのではないか、と鴨志田さんは考えています。<br />
<br />
第2に、<u>「対立を生みやすい言葉を使わずに、人々の共通体験が結果として人々の行動を変える」アプローチで、社会を変えていく</u>ことを目指すということです。<br />
鴨志田さんは、農の世界でイデオロギー的対立を生みやすい「有機」や「環境」という言葉を意図的に使わないようにしています。そうではなく、「美味しいパエリアをいっしょにつくりませんか？」というように、声がけします。地域循環の完熟堆肥で育った鴨志田農園の野菜で、100人分のパエリアをみんなでつくり、いっしょに食べ、わちゃわちゃ交流する中で、「結果としての有機」や「結果としての防災教育」の実践を生み出していきたいそうです。（図表2参照）</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202603/0e7490dfdf515d383d904663149c0621318be74fe130873bdc1962ba057f8d64.png" alt="" width="1646" height="1791">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>多様な価値観を持った人々から構成される私たちの生きる世界を、確かに変えていくのは、正義を振りかざした力による圧力ではなく、鴨志田さんが実践されているような、やわらかく、そして着実な一歩、一歩の積み重ねの方ではないかと、思えてならない今日この頃です。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>i 「畑は教育と実証の場。鴨志田農園が標榜する、ゆるやかで確実な社会変容」greens.jp
<div>https://greenz.jp/2025/10/31/regenerative_kamoshida-farm/ (2026年3月5日閲覧)
</div><div>ii&nbsp; ⅰと同じ
</div><div>iii&nbsp; 祖田修（2000）『農学原論』岩波書店；農林水産省（2016）『都市農業振興基本計画』農林水産省.
</div><div>iv&nbsp; 農林水産省（2016）『都市農業振興基本計画』農林水産省.
</div><div>v&nbsp; Renting, H., Marsden, T., &amp; Banks, J. (2003). “Understanding Alternative Food Networks: Exploring the Role of Short Food Supply Chains in Rural Development.” Environment and Planning A, 35(3), 393–411.
</div><div>vi&nbsp; Cone, C. A., &amp; Myhre, A. (2000). “Community-Supported Agriculture: A Sustainable Alternative to Industrial Agriculture?” Human Organization, 59(2), 187–197.
</div><div>vii&nbsp; ｢黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト【サステナアワード2020入賞作品】｣
</div><div>https://www.youtube.com/watch?v=I3waCqeZBBU （2026年3月4日閲覧）
</div><div>viii&nbsp; 「黒川堆肥で育てた“南小国産トマト”のクラフトジュース」『黒川温泉』yoin”https://www.kurokawaonsen.or.jp/tanoshimu/detail.php?kiji=359（2026年3月4日閲覧）</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6373.html</guid>
			<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>吉原准教授の中小企業コラム　2026年2月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6336.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「天童将棋駒、日本一への歩み」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>山形大学人文社会科学部准教授　　吉原　元子氏（中小企業論担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >天童将棋駒と加藤一二三九段</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>先日、将棋界のレジェンドである加藤一二三さんの訃報に接しました。長年にわたって将棋界を盛り上げてきた存在ですが、実は天童の将棋駒とも深い縁があります。<br />
<br />
山形県天童市は、今では将棋駒の国内生産シェア約9割を占める日本一の産地として広く知られています。後述のように、そこに至るまでの歩みは平坦なものではありませんでしたが、その節目に加藤九段の存在がありました。<br />
<br />
1951（昭和26）年、天童市で初めてプロ棋士によるタイトル戦が開催されました。このとき、地元天童産の駒が提供されましたが、盤に並べられることはありませんでした。当時の天童駒は大衆向けが中心で、高級品として評価されていた東京駒とは質の面で大きな差があったからです。その悔しさから、「プロ棋士の対局用の駒」への挑戦が始まったといいます。<br />
<br />
契機となったのは、1980（昭和55）年の王将戦第5局でした。加藤王将（当時）と大山康晴棋士の対局で、天童駒が使われることになったのです。2日間の対局のうち1日だけの使用でしたが、職人の手記には「ようやく天童将棋駒の新しい幕が開けたのだった」と感慨深く記されています（桜井2013）。<br />
<br />
この後、タイトル戦で天童将棋駒が登場することは珍しくなくなりました。この出来事が、天童将棋駒が名実ともに日本一の産地となる節目だったといえます。地場産業である将棋駒について学生とともに調査を進める中で、このエピソードを初めて知り、感銘を受けました。<br />
<br />
加藤九段の平安を心よりお祈りいたします。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/b7aa503d9966c7de82e3873d94a1cdf99ed57c377dda7f2fbb8d9df17ea5263e.png" alt="" width="1304" height="1063">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >天童将棋駒の歩み</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>平安時代まで遡るという日本将棋の長い歴史に比べると、産業としての天童将棋駒の歴史は比較的新しいものです。<br />
<br />
天童将棋駒のおこりは、江戸時代末期です。天童織田藩が、藩士の生活困窮対策として将棋駒の製造を奨励し、米沢から技術者を招聘したことが出発点です。明治末頃までは、木地屋と書き屋の分業による手工業生産でした。漆で駒木地に直接書き込む「書駒」と呼ばれる大衆向けの手頃な駒が主であり、「彫駒」を中心とする大阪の中級品や東京の高級品とは対照的でした。<br />
<br />
明治末期から大正にかけて、駒木地製造の機械化が始まり、木地の一貫生産が始まりました。また、「押駒（駒木地に直接スタンプを押した駒）」の製法が導入され、新製品への需要の高まりが生産拡大を後押しし、大量生産体制が整えられていきます。流通面では、地元問屋が製品を集荷して東京や大阪の問屋に送るという体制でしたが、いわゆるOEM供給であったため産地名が知られることはありませんでした。<br />
<br />
1931（昭和6）年の満州事変の頃から慰問品として将棋駒の需要が急増し、天童では書駒がフル生産となります。1939〜40（昭和14〜15）年頃になると、大阪から押駒の注文が入るようになります。大阪でも押駒を生産していましたが、急増する需要に応じきれなかったためです。一方、天童では木地の量産化が進んでいたことで安価に提供できました。その結果、量産品の生産は天童が中心を占めるようになり、天童将棋駒の名が広く知られるようになりました。<br />
<br />
戦後から昭和30年代にかけては生産の最盛期で、押駒・書駒が生産の中心でした。1965（昭和40）年時点では、全体の約7割が押駒、2割が書駒、1割が彫駒であったとされます。昭和40年代に入ると彫駒の生産が本格化し、印刀による手仕事の彫りだけでなく、機械彫りが導入されます。用いられる材料や書体の幅も広がり、品揃えの拡充によって需要拡大が図られました。<br />
<br />
しかし、1974（昭和49）年のオイルショックが産地にとって大きな転機となりました。消費者のニーズはより高品質志向となり、彫駒の普及によって購買サイクルが長期化します。さらに、「天童は大衆駒の産地」というイメージが足かせとなりました。市場環境は大きく変化しましたが、産地の対応は十分とはいえず、押駒・書駒を中心に生産は急速に縮小しました。<br />
<br />
オイルショックからバブル崩壊にかけての時期、天童の将棋駒生産量は半減したといわれます。彫駒の分野では機械彫りが進んだ一方、需要の減退も重なり、手彫りの職人は減少していきました。そうした状況のなか、職人たちは「銘駒工人会」を結成しました。木地師、彫師、書師、盛上師等が参加して、1985（昭和60）年に職人自らの手による展示会を開催しました。職人だけの作品展は画期的でした。このような努力も実り、1996（平成8）年には「天童将棋駒」が経済産業大臣指定の伝統的工芸品になりました。<br />
<br />
現在では、全生産量の約7割が彫駒です。そのうち、9割以上は機械彫りですが、手彫りの分野では「彫埋駒」や「盛上駒」といったより高付加価値の製品が製作されています。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/21ccbebc277b49bd0d7f2b21133c48fa4fbcc3e8aea435e8140c51da26cd2bef.png" alt="" width="1300" height="712">
</div>

































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<!-- テキスト -->

<h3 >担い手育成が支える産地の対応力</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>天童将棋駒が伝統的工芸品に指定されたことをきっかけに、天童市と山形県将棋駒協同組合は職人の育成にも力を入れています。天童将棋駒後継者育成講座は、1997（平成9）年に始まり、現在も継続しています。<br />
<br />
この講座は彫師の育成を目的として、彫駒の技術と技法の修得を5年かけて行います。月2回、夕方から2時間の開講で、別の仕事をしながらでも通えるようになっています。受講料は無料です。講師は、山形県将棋駒協同組合に所属する伝統工芸士が務めます。修了後に産地での活躍を期待していることから、受講対象は天童市在住者です。<br />
<br />
5年間で職人として自立できるよう、「天童将棋駒」と名のるにふさわしい技術水準に到達することが目標とされます。これまでの修了生約30名のうち、約半数が職人となっているといいます。もっとも、駒一筋ですぐに生計を立てることは容易ではなく、修了後の支援も行われています。その一つが、道の駅天童温泉内の展示・実演コーナーで製作実演を行うことで、賃金を得る機会の提供です。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202602/b6ebe20506c50df1892bd0c89da6159c5a33f58db239e30fc6a77f32b7385a63.png" alt="" width="1980" height="1620">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>こうした人材育成の継続的な取組みが成果として表れたのが、いわゆる「藤井フィーバー」の時期です。藤井聡太棋士の活躍や、『3月のライオン』アニメ化、さらにはふるさと納税への対応が重なり、図表2が示すように2015〜16年には生産額が2013年の約2倍へと急増しました。ブームによる需要拡大に対応できたのは、あらかじめ担い手が育成されていたからです。地道な人材育成が、急激な需要の変化に対応する産地の力を育み、産地の持続可能性の向上につながっているといえます。<br />
<br />
天童市では現在、「将棋の聖地」化を目指してさまざまな取組みが進められています。ここでは書ききれませんが、天童将棋駒のこれまでの展開は市民の「シビックプライド」の源泉となっています。地域を挙げた地場産業振興の今後に、引き続き注目したいところです。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（参考文献）<div>桜井和男（2013）「天童と将棋駒」</div><div>天童市商工観光課（2021）「天童と将棋駒」</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6336.html</guid>
			<pubDate>Fri, 20 Feb 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>遠山教授の中小企業コラム　2026年1月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6296.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「越前・武生の包丁が世界に届くまで <br />
　　　— タケフナイフビレッジの挑戦」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>立教大学経済学部教授　遠山恭司氏（中小企業論担当）<br />
</p>









































<!-- テキスト -->

<p>北陸・越前といえば、蟹です。シーズン到来とともに、お正月を含めて、外食や自宅で舌鼓を打ったみなさんも多いことでしょう。常々、シーズン中に福井県を訪れ、本場の味を楽しみたいと常々思っているのですが、この20年、幾度となく解禁前に調査・出張が終わってしまい、その機会を逃してきました。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >包丁輸出が伸びている</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>大学の授業で、日本の代表的な輸出品目を学生たちに問います。普段からあまり注目していない学生も多く、筆頭であり続けている自動車以外は、的確な解答が返ってくることはあまりありません。鉄鋼や半導体等電子部品は、日常で目にしたり耳にしたりする機会が少ないからでしょう。<br />
<br />
ところで今、静かに、しかし劇的に輸出を増大させ、ブームともいえる品目があります。わたしたちの身近にある、「刃物・包丁」です。財務省貿易統計をみると、日本の刃物輸出額は、この10年でおよそ３倍から４倍にまで膨れ上がっています（図１）。その輸出ブームを牽引しているのは、代表的な産地として名高い岐阜県関市、新潟県三条市、大阪府堺市でしょう。輸出先は米国、オランダ、中国、韓国、ドイツ、カナダ、スウェーデン、豪州などが上位に並んでいます。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/fc8b9ee9c99291531093818a906c68ee2e8c8431b6317e4f09f5996cf92fe6a7.png" alt="" width="776" height="496">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>知名度や規模では敵わないかもしれませんが、生産・輸出に加えて直接販売まで手がける、実に興味深い小さな産地があります。越前市・武生（たけふ）地区です。700年の歴史と伝統をもつ「越前打刃物」として、伝統的工芸品にも指定されています（図２）。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-6">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/546b081efd7a692e18de51deb4949e4eb5310c7b5476af4b3835c2c2f775d5ba.png" alt="" width="340" height="491">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >タケフナイフビレッジ協同組合</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>北陸新幹線の高架をくぐった先の田園風景に、突如として現れる、モダンで幾何学的な建物があります。それが、タケフナイフビレッジです（図３）。この建物の正体は、越前打刃物の職人たちが共同で使用する工房であり、ショップであり、産業観光の拠点でもあります。そしてなにより、14社（当初は10社）の刃物工房・職人が集結した「協同組合」の拠点です。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/9f7e4f9cfde51cb905802dd652e4f99cdb09cbc3556010f843b5273d5422f36d.png" alt="" width="1851" height="1382">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>もともと産地全体を統括する産地組合が存在します。タケフナイフビレッジは、高度成長以降の需要構造の変化、伝統工芸品の斜陽、市街地化にともなう騒音・振動などの苦情、閉鎖的な家内工業の限界などに危機感を抱いた若手職人たちが結集したところに端を発しています。<br />
<br />
任意の研究会を立ち上げ、夜な夜な集まって議論を重ねていました。転機となったのは、インダストリアルデザイナーの川崎和男氏との出会いです。つくることにかけては自信のある職人たちに、川崎氏は「売れるデザイン」「世界に通用するブランディング」の重要性を説きました。<br />
<br />
従来の刃物とまったく異なる構造とデザインを提示され、何度も衝突を繰り返し、試作品づくりに明け暮れた末に、自分たちのブランド「タケフナイフビレッジ」として新商品17点を開発しました（1983年）。従来の和包丁の常識を覆す、オールステンレス一体型の包丁などです。販売も問屋まかせにせず、自分たちで東京やニューヨークで展示会を開いたり、海外の見本市にも積極的に出展したりしてきました。その流れを受けて、1991年に協同組合が結成されました。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >共同工房と直販体制</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>伝統的な技とデザイン、知識と技術、生産と販売、OEM仕事と共同ブランド事業、異質なものの組み合わせが、彼らを次元の異なるステージに導いたのです。その再現性を持続させたいという発想から、構想・設計・建設されたのが、共同工房でした。個別バラバラの自宅工房で細々と事業を続ける限り、親族以外の後継者も現れにくく、そもそも子どもが事業承継する保証もありません。みんなでわいわい取り組みながら、創造的な発想と確かな手仕事を協力して実現できる拠点づくりを、川崎氏の示唆を得て進めました。<br />
<br />
その結果、総工費3億円の共同工房を、当時のメンバー10人がそれぞれ3,000万円の借金を背負い、「一世一代の大勝負に打って出た」のが1992年でした。<br />
以来、ここは共同工房、協同組合活動の拠点としてばかりでなく、共同ブランド商品や加盟企業のオリジナルブランド商品の直売所、さらには工場見学（図４）や包丁づくり体験のできる産業観光拠点といった複合的施設となっています。タケフナイフビレッジは30年以上も前から、オープンファクトリーを実現していたともいえ、その先見性が光ります。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/70b14e864f942add4b748d204236f5cc53ea663761fe342e24af770b83ff0773.png" alt="" width="2560" height="935">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>タケフナイフビレッジの年間来訪者数は、2025年実績で約2.5万人だったそうです。バス路線もなく、交通至便とはほど遠い立地ですが、わたしが訪問していた2時間ほどの間にも、欧米からの来訪者が４組ほど訪れ、1本数万円もする包丁の買い付けていました（図５）。また、１日２名限定の包丁づくり体験は、６ヶ月先まで外国人を中心に予約が埋まっている状況です。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202601/8aa1ea77a0436e3169bd159fc63e85a5e5100b51df63988cc4d1febcb568267e.png" alt="" width="1705" height="1323">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >外から来て、育ち、独立する</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>そしてなにより、共同工房の見学と、その働く姿に魅せられた若者が、組合企業に就職するという循環ができている点も大きな特徴です。個人・零細経営をひとりで続けていても就職希望者や後継者が現れることはなかったのですが、この共同工房を見て、ものづくりの魅力やビジネスモデルを理解し、全国から求職者が集まるようになりました。最近では若手も増えてきたため、職場の生産性と安全性の向上をねらって、ものづくり補助金を活用した新型プレス機の導入でDXや環境整備にも力を入れています。<br />
<br />
共同工房では10代から80代まで、世代をまたいで、異なる会社の職人が隣同士で仕事をしています。ベテランの仕事を間近に学び、会社の違いを超えて教え合う文化も醸成されています。世襲にこだわらず、企業の看板を引き継ぐ道もあれば、独立することも推奨されます。実際、共同工房の隣に独立して事業所を構え、新規に組合に加盟するケースも出てきています。<br />
他方で、組合側でも販売・管理スタッフのほかに、体験工房を担当しつつ、将来的には共同ブランド生産を担うことを見越した人材を雇用し、その技能教育も組合企業が協力して支えています。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >ブーム後も見据えて</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>現在、タケフナイフビレッジ協同組合の加盟事業者も組合スタッフも、数ヶ月先までの受注を抱えた生産・輸出・販売活動に大わらわです。ですが、彼らは「いつまでもこのブームが続くはずがない」と、しっかりとその先を見据えています。世界的視野を持ちながら、外部の人材や知見を取り入れ、組合内部でも活発に議論し、末永く事業を継続していくための取り組みを、地に足をつけて進める方針だといいます。<br />
<br />
SNSの発達とインバウンドの隆盛を受けて、日本の手仕事の「真正性（Authenticity）」が次第に世界中に知れ渡りつつある——というのが、わたしの認識です。この真正性を具現化する現場の力は、若年層の一部にも確かに響いており、人材の流入も続いていくでしょう。<br />
世界需要を常に満たし切らない程度の供給力（希少性）と、付加価値をしっかり乗せた価格決定権。その両者によって、やりがいと豊かさを実感できる地方経済が体現されている——そういっていいのではないでしょうか。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>【参考資料】</b><div>
タケフナイフビレッジ協同組合　<a href="https://www.takefu-knifevillage.jp" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.takefu-knifevillage.jp</a></div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6296.html</guid>
			<pubDate>Tue, 20 Jan 2026 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>海上講師の中小企業コラム　2025年12月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6263.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「『人生100年時代』の罠 ― 高齢者が働く理由の虚実 Vol.３」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>横浜市立大学国際商学部・立教大学経済学部　兼任講師　海上泰生氏（金融論等担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >はじめに</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>『「人生100年時代」の罠』と題して論じてきた本コラムも、これで３回目になります。その論旨の一つになっているのが、『「人生100年時代」という罪なフレーズが、長生きリスクを過剰に煽っている』という考え方です。80歳時点で平均4,480万円（不動産含む。総務省調べ）という驚くほど豊かな資産を保有する我が国の現状において、高齢者世代は、なぜか「経済上の理由」を筆頭に挙げて働いている。しかも、前回紹介した高齢就業者等3,090人に向けたアンケート調査結果では、やりがいや喜びを感じることもなく、ただ経済的な理由だけで働いている高齢者が３割程度存在することが示されました。そこにあるのは、「老後」への過剰な不安。いわば、『「老後」が心配なので貯蓄を取り崩してはいけない。その年の生活支出は、その年の年収で賄わなければいけない。「老後」のために貯蓄は、なるべく積み増したい』という意識です。既に「老後」なのだから、長年働いて蓄えた成果にそろそろ手を付けてもよさそうなのに、まだまだ…、もっともっと…蓄えないと不安なのです。<br />
<br />
この「老後」を思う際に、頭をよぎるのは、まさに「人生100年」。60歳以降まだこの先40年間も生活を維持しなくてはならないのか…と途方に暮れるフレーズです。これは、英国の学者らが自らの著書で提唱して話題になった一説に政府が乗じたことで、大きく広まりました。「（いずれは来るであろう）人生100年に向けて…」とか「～100年時代を見据えて」とか、何となく前向きな響きと端的かつ明瞭な語感により、学術的な検証はさて置き、広く喧伝されてしまった感もあります。確かに、医療の飛躍的な進歩、遺伝子レベルでの老化に抗う研究などもあり、不老長寿への希望は拡大しつつありますが、人々の働き方にネガティブな影響を及ぼすとなると、軽はずみな乱用は感心しません。本稿で「人生100年」説そのものを検証をするつもりはないものの、まずは、我が国の平均寿命と健康寿命の現状について少々語ったうえで、本論の高齢者就労につないでいきましょう。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >人生設計の土台になる平均寿命とは</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>我が国の平均寿命が、終戦後に著しく伸びたことは、よく知られています。例えば、男性の場合、終戦直後50歳代だった平均寿命が60歳を超えたのは1951年。これが70歳を超えたのが1971年であり、20年間で10歳分の寿命が伸びたことになります。かなりの速度ですが、女性はもっと速くて、平均寿命が60歳を超えたのが1950年。これが70歳を超えたのが1960年であり、わずか10年間。1年当たり1歳の平均寿命が伸びるというこれ以上ないほどの急速度でした。これらは、戦争が及ぼしていた悪影響が解消したためと容易に推測されます。特殊な状況であったと考えてよいでしょう。<br />
<br />
次に、男性の場合、平均寿命が80歳を超えたのが2013年。つまり、平均寿命70歳が80歳になるまでには42年間の年月を要しました。女性の場合、平均寿命が80歳を超えたのが1984年。ここでは10歳伸びるために24年間掛かりました。それでも女性の方は、男性に比べればかなり速かったので、さらに40年間くらい経てば平均寿命が90歳を超えるかもと期待されましたが、以降、今日まで41年間を経ても、平均寿命は87歳に留まっています。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
	<a href="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/large-4dc55ca02e75542a955e4ae81cbc2b849c31c75dcdfd76574cea8c76ec4c05c9.png" data-rel="SmartPhoto[6263]" data-caption="">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/4dc55ca02e75542a955e4ae81cbc2b849c31c75dcdfd76574cea8c76ec4c05c9.png" alt="" width="700" height="372">
	</a>
</div>

































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<!-- テキスト -->

<p>そしてここからは、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計を見てみましょう。図表１の2030年以降の黄色いエリアです。これによると、女性の場合、平均寿命が90歳を超えるのは、2050年代。そうなると、80歳から平均寿命が10歳伸びるのに、およそ70年間を要したことになります。ここはかなりポジティブに考えて、平均寿命90歳から100歳になるまでに要する期間も、同じ70年間ほどで済むと強気に(無謀に？)仮定しましょう。それでも「人生100年時代」が実現するのは2120年の話ですね。そう、2120年ですよ。来世紀の話になります。<br />
<br />
加えて、男性の場合は、平均寿命が85歳を超える年が2060年代という推計結果（図表１）から計算すると、もはや平均寿命が5歳伸びるのに50年間も掛かるほど減速しているのです。かなり強気に仮定しても、平均寿命90歳になるのは2110年代。同100歳になるのは2210年代というはるか未来になります。「人生100年時代」は、きっとSFの世界なのかもしれませんね。</p>








































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<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td>（注）平均寿命とは別に、「寿命中位数（出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数）」という概念があります。要するに、同い年のなかで50％がなんとか生き残っている年齢です(2024年では、男性83.9歳、女性90.0歳)。平均値のように平均から極端に外れた値に引っ張られる性質がないのが特徴で、過去50年間では、平均寿命に概ね３歳を足したくらいの年齢になっています。これをベースに考えるとしたら、男性の場合、2180年代くらいには「人生100年時代」が実現するでしょう。</td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>




































<!-- テキスト -->

<h3 >意外に短い健康寿命の実態</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>さて、本シリーズの第１回で示したように、内閣府の世論調査によると、男性の４人に１人、女性の５人に１人が65歳を超えて70歳くらいまでは働きたい。さらに同数程度の男性の４人に１人、女性の５人に１人が70歳を超えても働きたいと回答しています。ここで一つの節目になっているのが70歳という年齢。現代日本人にとって70歳前後まで働くことは、どういう意味をもたらすのでしょうか。「健康寿命」の観点から考えてみましょう。<br />
<br />
厚生労働省によると、健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいいます。つまり、「まだ体が利いてやりたいことができる」寿命ということですね。天寿を全うする直前までみんな健康・元気で、「ぴんぴんコロリ」であればよいでしょうが、現実には、なかなかそうはいきません。そうした健康寿命と平均寿命の差と推移を示したのが図表２です。これをみると、生活水準や医学の向上などを背景に、健康寿命は伸長しているものの、平均寿命もその分伸びていて両者の差はなかなか縮まりません。不本意ながら、男性では8～9年間、女性では11～12年間程度のもどかしい年月を過ごす覚悟が必要なようです。</p>








































<hr class="clearHidden">





<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left js_notStyle acms-col-sm-12">
	<a href="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/large-50e877cb60cc245d06fe6e24cd3e861bf18735530c7cd7f230dba0cf12badd5e.png" data-rel="SmartPhoto[6263]" data-caption="">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202512/50e877cb60cc245d06fe6e24cd3e861bf18735530c7cd7f230dba0cf12badd5e.png" alt="" width="700" height="345">
	</a>
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>ここで、むしろ注目すべきは、健康寿命の意外な短さです。健康寿命では、男女に大きな差はなく、いずれも72歳～75歳程度で扉が閉まります。「人生100年」なんて悠長なことは言っておれません。70歳でリタイアし、さあ、ようやく自由な時間を自分のために存分に使おうと思っても、健康寿命は、男性であと2～3年、女性で5年くらいしか残ってないという現実。もちろん、働く喜びや働き甲斐に満ちて70歳を迎えたのなら、言うことはなし。もし仮に、本当は実現が怪しい100歳の自分を心配し、せっせと蓄財する目的だけに働いてきたとしたら…。働き甲斐が少ないなか、結果的には無用な「経済的理由」だけで働き続けてきたとしたら…。これは、望ましい就労とは言えないでしょう。未だ保有資産の少ない若年層、教育費や生活費の負担が重い中年層の場合なら仕方がない。相対的にコストが少なく資産が多い高齢者になっても、若い世代と同じ蓄財意識で働くのは、残りの人生において大切な健康寿命の浪費にもなりかねないのです。不必要に資産を積み上げ、結局、予定外の偶発的遺産(結局使い切れずに残る資産)を残すだけなら、むしろ早い時期から趣味や家事を充実させた方が豊かな人生につながるとも言えます。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >高齢者の人生にとって望ましい働き方(働く側から、雇用する側から)</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>冒頭で述べましたとおり、『「人生100年時代」の罠』と題して、勝手に論じ始めた本コラムも、回を重ねて３回目になりました。それなら、同「100年時代」に対する考え方をもっと記述した方がよいと、今回は予定を変更して、平均寿命や健康寿命について紙幅を割かせていただきました。それにしても、前節の最終行を、「（無為に働くくらいなら）むしろ早い時期から趣味や家事を充実させた方が豊かな人生につながる」と結ぶとは、雇用する側からは、「この人手不足の時代になんてことを言うんだ」とお叱りを受けるかもしれませんね。<br />
<br />
ただ、どうせ働くのなら、あるいは、働いてもらうなら、働きがいや働く喜びに満ちた就労を目指したい。虚ろな目をしておカネのためだけに為す就労は、働く側・雇用する側双方にとってあまり望ましくはないと考えます。第４回では、今回ご紹介する予定だった高齢就労者の生の声を題材に、その点について、考察していきたいと存じます。</p>









































<!-- テキスト -->

<p><b>【参考文献】 </b><br />
・海上泰生（2018）「中小企業で活躍するシニア世代就業者の意識－働きがいを高める企業の対応を探る－」日本政策金融公庫『調査月報』2018年1月号<br />
・総務省（2021）「2019年全国家計構造調査所得に関する結果及び家計資産・負債に関する結果　結果の概要」総務省統計局<br />
・厚生労働省（2025）「令和５年度簡易生命表」厚生労働省<br />
・内閣府（2024）「令和6年版高齢社会白書」内閣府<br />
・内閣府(2024)『令和６年度年次経済財政報告－熱量あふれる新たな経済ステージへ－』（経済財政白書2024年版）内閣府</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><div><img src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202405/5c3d22e824e9e952a2da09ec50fece32.jpg" class="alignright" width="200">
海上 泰生 (unakami yasuo)プロフィール</div><div><br></div>早稲田大学法学部卒、中小企業信用保険公庫入庫。中小企業庁長官官房、通商産業省（現経済産業省）貿易局 課長補佐、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）パリ本部 輸出信用専門家会合委員、中小企業金融公庫 証券化支援部 上席調査役、日本公庫 総合研究所グループ長、主席研究員などを歴任。<div>併せて、埼玉大学大学院、法政大学、三重大学、日本女子大学の教員を経て、現在、横浜市立大学、立教大学の２大学の講師を兼務。</div><div>また、経済産業省  貿易保険審議会専門委員、厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」委員を経て、現在、厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員。</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
			<guid isPermaLink="true">https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6263.html</guid>
			<pubDate>Mon, 22 Dec 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
		</item>
		<item>
			<dc:creator>山口恵里</dc:creator>
			<title>許教授の中小企業コラム　2025年11月号</title>
			<link>https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-6240.html</link>
			<description><![CDATA[
				
				



<!-- テキスト -->

<h2 >「中小企業と学生の交流から得られること<br />
－地域イベントのSNS広報を通じて－」</h2>









































<!-- テキスト -->

<p>跡見学園女子大学マネジメント学部教授　許伸江氏（中小企業論入門担当）</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >１．就職活動における限定合理性</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>大学3年生は、就職活動に取り組み始める時期となりました。学生達は、自分がどのよう業種、企業で働けばよいのか、また希望の企業に就職できるのだろうかと悩み、不安そうな様子です。企業の側も、人材不足や人材定着の課題を抱える中、採用がうまく進むかと不安を抱えていらっしゃるケースも多いと思います。<br />
<br />
昨今の大学生の就職活動は、まずは大手就活サイトに登録、そこから業種や勤務地などの条件を選択して、選考に進みたい企業を絞っていき、その企業の説明会に参加するというのが主流です。本来は相性がベストな企業と出会えることが理想ですが、人間は限定合理性によって、そううまくはいかないため、まずはいくつかの条件で絞り込んでいきます。本来は学生とマッチするはずだったかもしれない魅力的な中小企業は、その過程で学生の選択肢から漏れてしまっている、ということがおきます。<br />
　　<br />
限定合理性とは、人間がどれほど合理的に行動しようとしても、情報・時間・認知能力などの制約によって、限られた範囲の合理性しか発揮できないことを指す概念（Simon, 1947）です。就職活動でも、自分に合った企業を選ぼうとしても、社員として働いた経験がないため「どのような基準で選べばよいのか」がわからないですし、そもそもすべての企業と接点を持つということは不可能です。その結果、「社員と雰囲気が合いそうだから」や「最初に内定をくれたから」という理由で就職先を決めてしまうという行動をとり、非合理的な決断がされることがあります。<br />
<br />
こうした制約がある中では、学生時代にどれだけ多くの経験を積んだかが判断力や認知能力に影響を与えると考えられます。例えばゼミ活動で日ごろから企業の人と交流をすることもよいでしょう。または、1，2年生などの早い時期からインターンに参加して働くイメージを掴もうとする学生も見られます。3年生になると、業界研究やOB・OG訪問、各種セミナーへの参加をすることによって、より多角的な軸から、就職先企業を選択することができるといえます。<br />
<br />
このように、個人の処理能力、費やした時間、得てきた情報量などによって、学生の制約のレベルに影響が出て、発揮できる合理性のレベルも変化するといえます。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >２．学生の地域イベント運営への参加</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>そうした制約を少しでも克服できればよいと思い、筆者のゼミでは、普段から、大学・アルバイト先・家庭という３つの居場所以外で、学生が多様な人たちと出会う機会を作っています。その中でも今回は、ゼミ活動で学生が中小企業とどのような交流をしてきたかを書きたいと思います。事例として取り上げるのはゼミ3年生が担当している、墨田区のオープンファクトリー「スミファ（すみだファクトリーめぐり）」のＳＮＳ配信です。<br />
<br />
「スミファ（すみだファクトリーめぐり）」は、一般の人が墨田区の町工場をめぐり、職人と話し、技術に触れ、ものが作られていく“現場”を肌で感じることのできるイベントです。2012年からスタートし、2025年度（11月14日・15・16日）で第13回目を迎えました。<br />
<br />
墨田区は多種多様な業種の中小企業が集積している地域で、企業同士の交流が盛んです。産業集積のメリットを最大限に生かし、小規模企業のネットワークとスピード、技術対応力によって、顧客ニーズに応える都市型のモノづくりが展開されています 。<br />
<br />
こうした墨田の特徴を示すように、スミファには金属加工、プラスチック加工、プレス加工、裁断加工、印刷、革小物製造、印章製造、ガラス製造、医療用鋏製造、ロボット開発、アパレル、布草履、デザイン、シェアスペース運営、チョコレート製造などの多様な企業が参加しており、今年は52社が参加しました。</p>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >３．ゼミ活動としてのスミファのSNS配信の流れ</h3>








































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<p>筆者のゼミは2019年の第8回スミファからSNS広報の担当として運営に関わっていいます。ゼミ生がスミファの参加企業を直接訪問、またはそれが難しい場合はメールでのインタビューを行い、その企業の事業内容やスミファに参加して魅せたい内容などについて情報を集めます。特に、初参加の企業にはなるべく訪問するようにしています。そして学生目線でSNS投稿の文面を考え、写真も追加して原稿を作ります。それを企業と事務局に確認してもらい、了解が得られたらSNSで配信するという流れです。来場者の目に留まりやすくするため、11月のイベント当日までにカウント・ダウン形式で、一日に数社ずつ配信しました。</p>








































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<!-- 画像 -->
<div class="column-image-left">
		<img class="columnImage" src="https://www.smallsun.jp/archives/002/202511/a5679ad432d807d0ca5b2ad3d5b0f8195cc5e1228f4ed93bed8a7236f516096a.png" alt="" width="2520" height="1600">
</div>

































<hr class="clearHidden">

<!-- テキスト -->

<h3 >４．スミファの運営に携わった学生たちの感想</h3>








































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<!-- テキスト -->

<p>ここでは、学生達の感想を抜粋して紹介します。中小企業研究のゼミとはいえ、普段は現場で企業の方に会う機会は限られるため、多くの学びや反省があったようです。<br />
<br />
・企業訪問でのヒアリングは、協力的な方が多く、とてもありがたかった。小規模企業ならではの社員同士や顧客との距離の近さを感じ、地域密着型企業の魅力を感じた。<br />
<br />
・一般客としては聞けない経営の裏側や今後の展開など、気になったことを直接質問できたことで、経営者の挑戦や目標を追いかける姿に刺激を受けた。また、経営者、起業家視点での物事の考え方や思考に触れて、新しい思考方式を学ぶことができた。<br />
<br />
・ものをつくる現場を見て話を聞く中で、モノづくりに対するこだわりや楽しみながら仕事をしていると感じ、職人仕事の魅力を知れた。また、取材だけでなく実際にモノづくり体験もさせてもらい、とても楽しかった。<br />
<br />
・普段、自分たちが使っているものは下請企業が作っていることを目の当たりにした。日本だけでなく、世界に誇れる企業が多いが、知名度が低いことが課題だと感じた。そのため、スミファのようなイベントも含めて企業側からの情報発信の重要性を感じた。参加企業側も、このイベントを最大の宣伝の場だと考えて力をいれていることを知った。自分たちに仕事を任せて頂いている以上、責任を果たしてイベントの成功に貢献したいと思い、頑張った。大変ではあったが、Instagramのフォロワーも増えて、達成感を味わうことができた。<br />
<br />
・地域のつながりが見えたことがとても良かった。スミファが開催される地域は、同業種の企業が多く、競争関係にあり、あまり交流が盛んではないというイメージがあった。しかし実際に企業の人に会ってみると、企業同士はもちろん、信用金庫などを交えてお互いに交流し、刺激しあい、協力して地元を盛り上げようとしている関係が見えてとても興味深かった。<br />
<br />
・スケジュール管理が難しかった。こうした配信用の投稿も初めてであったこともあり、確認や変更などへの対応に思ったより時間がかかってしまった。もっと迅速に作業を進める必要性や、報連相の重要性を学んだ。<br />
<br />
・同時に多くの会社とのやりとりや原稿のまとめといった、マルチタスクの経験がなかったため、確認が足りないことが出てきて、不備が生じた。ダブルチェックの必要性や、他のゼミ生にもっと早くに助けてもらうよう、お願いをすべきだった。自分がこれまで、人に指示を出す経験をしてこなかったことを認識し、反省した。<br />
<br />
・自分たちが行なった広報への反応が分からずに不安だったが、参加企業が参加した懇親会でいろいろな人に褒めていただき、やってよかったと思った。　</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >５.企業側のコメントから得る反省点</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>次に、スミファ参加企業が、学生の取材やＳＮＳ配信について感じたことを抜粋して紹介します。肯定的な意見としては、SNSによるPRは、ターゲット層にリーチして、実際にお客さんが来てくれたのでありがたかった、というものです。<br />
<br />
一方で「メール対応が遅かった」、「文章に間違いがあった」、「タグ付けがないとあまり意味がない」などの厳しい意見もありました。こうした指摘には、文章のダブルチェック、役割分担の工夫、タグ付けやハッシュタグ活用の提案などにより、改善を行いながら進める必要がありました。リーダーを中心に、役割分担を途中で検討しなおし、取り組みの改善を行ったものの、それでも52社とのメールのやりとりでは、遅れがでてしまったことがありました。反省点は次回に生かしていく必要があります。</p>









































<!-- テキスト -->

<h3 >６．まとめ</h3>









































<!-- テキスト -->

<p>学生がゼミ応募で筆者のゼミを希望する理由として、「学外活動を活発に行っていること」、「ボランティアに参加して地域貢献・社会貢献ができること」、「中小企業の経営者に会って学ぶ機会が得られること」などがあります。それまでの自分の学生生活を振り返り、大学・アルバイト・サークル・自宅という固定された活動範囲を越えたいという希望を強く持っているのです。特にコロナ禍で行動制限を経験した学生たちにとっては、ゼミ活動に期待するものは大きいといえるでしょう。そうしたリクエストに応える意味でも、スミファのような地域イベントへの参加は意義深いと考えています。<br />
<br />
最近の学生は社会貢献や地域貢献への関心が高い傾向にあります。就職活動をする上でも、企業のミッションや経営理念において、SDGsや社会貢献などに上辺だけではなく本気で取り組んでいるか、関心を持っています。スミファなどの地域イベントに参加する企業を見ていると、廃材を活用したワークショップを行っていたり、地域の子供たちへの教育活動に取り組んでいたり、地域社会をよくするための活動に様々なかたちで取り組んでいます。<br />
<br />
また、スミファや<a href="https://www.smallsun.jp/smallsun_news/column/entry-4627.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">2022年11月号のコラム</a>で紹介したモノマチのような地域イベントの運営スタッフとしてかかわってみると、社会人たちが、職場や家庭とは違う、第三の場所として、地域の中で仲間を作り、やりがいをもって地域のために様々な活動をしている姿を見ることができます。経営者や従業員の方々が職場の外でコミュニティを作り、楽しそうに活動している姿を見せることは、社会人になることに不安を抱いている学生に、「大人って悪くないな」と期待を届けることだともいえます。地域の中小企業、地域金融機関、自治体、来場者などとのネットワークの広がりと深まりが限定合理性の制約を少しでも緩和することが期待されます。このような活動を通じて、学生の将来の選択肢に、魅力的な中小企業が入っていくことを願っています。</p>








































<hr class="clearHidden">



<!-- テーブル -->
<div class="column-table-">
	<div class="entry-container">
	<table class="table-">
	<tr>
		<td><b>【参考文献】</b><div>
Simon, H.（1947）Administrative Behavior, The Free Press（二村敏子ほか［2009］『新版 経営行動―経営組織における意思決定過程の研究』ダイヤモンド社）</div></td>
	</tr>
</table>

	</div>
</div>



































				
				
			]]></description>
			<category>中小企業コラム</category>
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			<pubDate>Thu, 20 Nov 2025 12:00:58 +0900</pubDate>
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